パイロクロア酸化物

 パイロクロア酸化物はペロブスカイトと並んで2種の金属元素からなる遷移金属酸化物の大きなファミリーをなす。一般式はBを遷移金属元素とするとA2B2O7で、A3+/B4+またはA2+/B5+の組み合わせからなり、大ざっぱに言ってAのイオン半径が比較的小さいときにパイロクロア構造、大きいときにペロブスカイト構造が現れる[1]。
 一連のパイロクロア型遷移金属酸化物の物性の特徴をペロブスカイト型酸化物と比較してみるのは興味深い。後者はBO6八面体をつなぐB-O-Bボンドの角度がほぼ180°であるため、d軌道間にある酸素のp軌道を介した重なり積分が大きく伝導バンドを形成しやすい。3dの場合、大きなクーロン相互作用Uによって絶縁体となることが多いが、一端ドーピングがなされると容易に金属化する。また、180°ボンドを反映して磁気的相互作用は反強磁性的である。これに対して、B-O-Bボンドが110〜130°と180°から大きく歪んでいるパイロクロア酸化物では、d軌道間の酸素のp軌道を介した重なり積分が小さく、伝導バンドを形成しにくい。また、磁気相互作用が強磁性的な場合がほとんどである。3d電子を有するパイロクロア酸化物には、V、Cr、Mnのものが知られているが、ほとんどが強磁性絶縁体である。ただし、Tl2Mn2O7は例外で、Tlの6s軌道がわずかにフェルミ面にかかって金属となっている[2]。これに比べて軌道の拡がりが大きい4d電子では、MoパイロクロアでAサイトのイオン半径を変えることにより、強磁性金属からスピングラス的な絶縁体へと変化する。また、RuパイロクロアではMnと同様にAサイトがTl、Pb、Biの時に6sバンドの助けで金属になるが、Tl2Ru2O7は特殊で、120Kで構造が斜方晶に歪んで絶縁体化することが知られている[3]。一方、さらに軌道の拡がった5dパイロクロアは一般にほとんど金属的である。バンド計算の結果を見るとフェルミ準位近傍での酸素のp軌道の寄与はそれほど大きくない。Re、Os、Irの4価のパイロクロアは金属であるが、前述のようにOs5+では温度による金属絶縁体転移が見られる。これについては古く1970年代にSleight(BPBOの超伝導を発見した有名な固体化学屋)らの一連の仕事があり、特に面白いのはCd2Os2O7で、これは230Kで高温金属相から低温非金属相への相転移を示すことが報告されていた[4]。ここでOsは5価であり5d電子を3つ持つため、t2g軌道がちょうどhalf-filledになっていて単純にモット転移が起こっていると考えられていた。
 以上、パイロクロア型遷移金属酸化物の物性はペロブスカイト系とはかなり趣が異なる。簡単にまとめると、3dシリーズではUよりもW(バンド幅)が効いて絶縁体となる。伝導という観点から面白そうなのは4d/5dであり、関与するのはt2g軌道である。ただし、八面体の歪みからa1gとeg軌道に分裂している。d電子間の磁気相互作用は強磁性的である。多くの金属伝導を示す物質があるが、超伝導を示すものは知られていなかった。

[1] M. A. Subramanian, G. Aravamudan, and G. V. S. Rao, Prog. Solid St. Chem. 15, 55 (1983).
[2] Y. Shimakawa, Y. Kubo, N. Hamada, J. D. Jorgensen, Z. Hu, S. Short, M. Nohara, and H. Takagi, Phys. Rev. B 59, 1249 (1999).
[3] T. Takeda, R. Kanno, Y. Yamamoto, M. Takano, F. Izumi, A. W. Sleight, and A. W. Hewar, J. Mater. Chem. 9, 215 (1999).
[4] A. W. Sleight, J. L. Gilson, J. F. Weiher, and W. Bindloss, Solid State Commun. 14, 357 (1974).