「がらがら」と鳴る超伝導

誰もがかつて遠い昔に持っていた(誰も覚えていないが)玩具「がらがら」が最近、物理の世界で大きな注目を集めている。赤ちゃんが振ると大きな音を立てる「がらがら」を英語ではラトラー(rattler)という。ちなみに、rattling good storyというと、とても面白い話という意味となる。「がらがら」は容器の中に小さな球が入っていて音を鳴らすが、物質の中では小さな原子が別の原子で形作られる比較的大きなカゴの中に入っている時、同じようにがらがらと動き回ることになる(左図、もちろん音は聞こえない)。これを「ラットリング」と呼び、この運動によって引き起こされる現象を明らかにしようと多くの物性研究者が取り組んでいる。

通常の結晶固体中の原子は、周りの原子とバネで強く繋がれているとみなすことができる。このとき、原子は右図のように2次関数で書けるような入れ物(これを調和ポテンシャルという)の中で振動しており、冷やしていくと底の方でほとんど止まってしまう。一方、ラットリングしている原子は、周りのカゴが大きすぎてふらふらしているため、むしろ4次関数に近い奇妙な形の中(非調和ポテンシャル)で振動する。そこではポテンシャルの底が平べったいので、思いっきり温度を下げても原子はなかなか止まることができず、依然として異常に大きな振幅を持ったまま振動していることになる。

このラットリング原子は、負の電荷をもつ電子を失って正の電荷をもつイオンとして存在する。失った電子はカゴの上を自由に動き回り、物質は電気を流す金属となる。反対の電荷を持つ電子とイオンには互いに引き寄せ合う力が働く。通常の固体では小さな引力にしかならないが、このようにラットリングしているイオンは非常に大きな振幅を持って低いエネルギーで動いているため、電子を引き付ける力が異常に強くなりうることが分かってきた。しかも、この引力が2つの電子を結び付けると、これまでにない超伝導が生じるのである。

われわれはβパイロクロア酸化物という物質に着目し、その性質を調べてきた。これはAOs2O6という化学組成をもつオスミウムの酸化物であり、Aはアルカリ金属元素Cs, Rb, Kである。その結晶構造を眺めると、オスミウムと酸素イオンが作るカゴの中にアルカリ金属イオンが入っていて、その大きさがカゴに比べて十分小さいため、まさに上で述べたラットリング現象が起こる。特に最も小さいカリウムイオンにおいてラットリングが例外的に激しくなることが分かった。βパイロクロア酸化物は低温で超伝導を示す。超伝導転移温度は、Cs, Rb, Kの順に、3.3K, 6.3K, 9.6Kである。残念ながら、その超伝導転移温度は銅酸化物や最近発見された鉄ヒ素化合物に比べるとかなり低いが、従来型の超伝導機構では説明できない実験結果が見つかり、それなりに面白い超伝導であることが分かってきた。今回、われわれは3つのβパイロクロア酸化物における超伝導を詳細かつ系統的に調べた結果、この超伝導がまさにラットリングによって誘起されたものであるとの結論に至った。

3つのβパイロクロア酸化物のうち、最も激しいラットリングを示すKOs2O6における超伝導は、極めて強い結合の超伝導であり、ラットリングの非調和性が重要な役割を果たしていると考えられる。図に模式的に示したように、1つの電子がカゴの上を通ると近くのAイオンが強く引き寄せられる。電子に比べてイオンの動きはゆっくりしているので、電子が通り過ぎた後でもイオンはしばらく集まったままであり、正の電荷が多い領域が生じる。これを目がけて2番目の電子が引き寄せられことになり、その結果、2つの電子の間にはあたかも引力が働いているかのように見なすことができる。この強い引力がクーパー対と呼ばれる電子の対を生み出し、これが低温で量子力学的な状態に落ち込んで超伝導が起こるのである。

 本研究は、ラットリングによって引き起こされる様々な物性を測定・解析し、ラットリングによる超伝導の発現を初めて決定付けた成果として多くの研究者の注目を集めている。しかしながら、真に物理的な超伝導機構の解明には至っておらず、今後の詳細な研究を待たねばならない。また、ラットリングの本質を理解するためにはさらなる理論的研究が望まれる。超伝導のみならず、ラットリングが引き起こす現象にはまだまだ面白いものがあり、今後の研究によってラットリングに基づく新しい物理的概念が確立されるものと大いに期待される。

図 カゴの上を動き回る電子とカゴの中で振動するアルカリ金属イオン(A)(左図) Aイオンに対する調和・非調和ポテンシャル(右図)の模式図