Research
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新しいカゴメ物質ベシニエ石を見つけた
磁石を分割しても磁石であると小学校で習いますが、分割を繰り返して到達する磁石の最小単位は原子のもつスピンです。例えば、私達が日常に使用する磁石(強磁性体)では、室温で全てのスピンが同じ方向に揃っており、強い磁力をもっています。一方、これとは逆に、隣り同士のスピンが全て逆向きに揃った反強磁性体と呼ばれる磁石もあります。このようなスピンが揃うことをなるべく阻害したときにどのような状態が現れるかということは、物性物理学における非常に重要な問題です。最もスピンが揃いにくい環境として、最も小さいスピンである「量子スピン」をカゴメ格子(図1a)に並べ、さらに隣同士のスピンがお互い逆向きになりたがる状態にすることが挙げられます。全ての隣接スピン対を逆向きにすることは不可能であり、スピンの反強磁性秩序が抑制されます (幾何学的フラストレーション効果とよばれる)。このような「量子スピンカゴメ格子反強磁性体」では、量子力学的な効果によって、「量子スピン液体」と呼ばれる特異な状態が現れると理論的に予測されています。例えば、P. W. Andersonによって提案された共鳴原子価結合(RVB)状態はその一つであり、銅酸化物における高温超伝導の発現機構とも関連して非常に注目されてきました。
しかし、量子スピン液体を求めて、過去数十年にわたり物質探索が行われてきましたが、現段階では実験的に量子スピン液体が確立している物質は存在しません。例えば、銅を含む鉱石はしばしば量子スピン系のモデル物質として研究されてきました。その中で量子スピンカゴメ格子反強磁性体のモデル物質として、ボルボース石、ハーバートスミス石という2種の鉱石が知られていますが、前者はカゴメ格子の歪み、後者では格子欠陥による乱れのために共に理想的なモ デル物質とはいえず、量子スピンカゴメ格子反強磁性体の本来の姿は未解明です。 今回、東京大学物性研究所の岡本助教・ 広井教授の研究グループは、ベシニエ石 ( 図1b)と呼ばれる鉱石が新しい量子スピンカゴメ格子反強磁性体であることを発見しました。その結果は、日本物理学会が発行する英文誌「Journal of the Physical Society of Japan」の 2009年3月号に掲載されます。
図1. (a) カゴメ格子. (b) ベシニエ石BaCu3V2O8(OH)2の結晶構造. 量子スピンをもつCu2+イオンがカゴメ格子に配列する.
ベシニエ石は1955年にC. Guillemin
によってBaCu3V2O8(OH)2という化学組成をもつことが報告された銅の天然鉱石です。本研究では、ベシニエ石が理想的なカゴメ格子に極めて近いスピン配列をもつことを見出し、さらに純良な試料を人工合成することに成功しました。これによりベシニエ石の磁気的性質を調べることが可能となり、その結果、ベシニエ石が量子スピンカゴメ格子反強磁性体であること、-271℃(絶対温度2K)という低温領域までスピンが揃わず、ある種のスピン液体状態(ギャップレススピン液体)にあることを発見しました(図2)。また、ベシニエ石の磁気的性質を、ボルボース石やハーバートスミス石と比較することで、このような性質が量子スピンカゴメ格子反強磁性体にとって本質的な姿であることを示しました。
これらの成果は、長年にわたり未解明であった量子スピンカゴメ格子反強磁性体の性質の解明を大きく前進させ、加えて量子スピン液体状態を実験的に研究するための舞台を与えるものとして、多くの研究者の注目を集めています。今後、幾何学的フラストレート磁性体に関する理論・実験両面からの研究進展が大いに期待されます。
図2. ベシニエ石BaCu3V2O8(OH)2多結晶試料の磁化率χの温度依存性. 不純物スピンの寄与χ_imp 及び, これをχから差し引いたχ_bulk を併せて示す. 挿入図に逆帯磁率及びキュリー・ワイス則へのフィッティングの結果を示す.
論文掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) No. 2, p. 033701
電子版: http://jpsj.jpap.jp/link?JPSJ/78/033701/ (2 月25 日公開済)
問合せ先: 岡本佳比古 (東京大学物性研究所 助教)
電話:04-7136-3447 電子メール:yokamoto@issp.u-tokyo.ac.jp
広井善二 (東京大学物性研究所 教授)
電話:04-7136-3445 電子メール:hiroi@issp.u-tokyo.ac.jp
2012/01/26