がらがら鳴るほどに面白い物

東大物性研 広井善二

 

 こうしてニュースレター原稿を書き始めると,ちょうど4年前の7月末の蒸し暑い夏の夜,秋光特定領域研究のニュースレターに編集後記を書いたことを思い出す.その数日後,イタリアに向けて一人旅立ったのであった.かろうじて生き延び,今,再びニュースレターなるものに原稿を書いている.不思議なものである.

 さて,本ニュースレターの方針として最初に「読み物として面白いもの」が掲げられているので,出来る限りその方針に沿って適当なことを書きたい.いきなり話が逸れるが,「適当」というのは実に難しい.いい加減ではなくやり過ぎでもなく,適当である.歳をとるにつれてだんだん分かってくるのかもしれないが,永遠にたどり着けない気もする.

 とりあえずここでは私の信条である新物質探索の話から始めよう.人生は短く,一生で扱える物質の数は限られている.高温超伝導のように一目で面白いと思える物質は希少だ.ほとんどの物はある程度叩いたりゆすったり冷やしてみないことには何が面白いのか分からない.当然のことながらこれをやり続ければ,巡り会うべき新物質の数も減る.どこまで続けるか,どこでやめるかの見極めがきわめて重要であり,勘と見識を問われる.どんな物でもとことん調べてみると何某か面白いことがあるのだが(たぶん),やり続けると自己満足の果てに世間から見捨てられかねない.結局,第3者が面白いと認めてくれる物をやらなければならないと思う.決して己の信念を曲げて他人のご機嫌を伺えと言っているのではなく,最終的に物の価値を決めるのは様々な視点であり,個人の好みではないのである.わずかでも価値のある仕事を残したいと思うのは研究者の素直な気持ちであろう.

 物質探索の世界では,学生さんのテーマを考えるときに明確な出口を想定することは難しい(どこでも同じかな).多くの場合,レベルの低い意味で適当,つまり,いい加減である.歳をとって頭の堅くなった人間の想像力なんてたかがしれている.一番面白いのは,学生さんが旨くいきませんでしたと落胆して,訳の分からないデータを持って現れたときであろう.もちろん,その大半はゴミであるが,たまにはひょっとすることが含まれている(かもしれない).物理と違って化学合成の世界には決めるべきパラメータが定義できないままに多すぎて,同じ実験をやっても人それぞれに異なる結果が生み出される.合成過程のちょっとした癖とか思い入れ(または,丁寧さやいい加減さ)が,本人も気付かないままに重要となっている場合が多い.この時,当の学生さんは例外なく自分が何かミスをしでかしたと思い込み,自分のデータを否定しにかかる.これに対して,年寄りの経験とencourageが必要となり,存在価値を問われることになる.その後,つまらない結果に何年も費やすことになるか,研究が新しい方向に大きく進展するかは神のみぞ知るというところであろう.

 物質探索に限らず,科学の喜びは未知の発見にある.工学は不可能を可能とする学問であるが,理学は未知を既知としなくては存在価値がない.発見の喜びは麻薬であり,科学者はこの一瞬のために苦しみ平和な人生をあきらめることになる(かもしれない).昔話になって恐縮だが,私が京大化研にいた20年以上前,研究室にカンタムデザインの磁化測定装置MPMSがやってきた.最初に参照物質として付いてきたパラジウム金属を測定し,次に測定したのが,当時学生であった東氏が高圧合成し,その後,無限層超伝導体と呼ばれた銅酸化物であった.その時のTcが何Kだったか忘れたが,いきなり大きな反磁性が出て驚いたのを覚えている.もちろん,経験のない若造としては何かの間違いだと思って焼いたり圧したりしたあげく,Natureになった(今にしてみるといろいろ問題があったのも事実であるが).もちろん,裏には高野先生のencourage(助言,励まし,けしかけ?)があった.

 物性研に移り運良く買ってもらった,同じくカンタムデザインのPPMSでは,ほとんど最初に測った(何番目だったか忘れた)試料がCd2Re2O7であった.当時,研究室最初の学生であった花輪君が作った結晶の比熱測定の様子を一人で眺めていたことを懐かしく思い出す(何だか退職記みたいになってきた.ちなみに花輪君はさっさと帰ってしまっていなかった).降温途中の比熱が1Kでジャンプした時にはノイズと思ったが,2点目がその隣に現れたときにはひょっとしたらと舞い上がった.この物質自身は古くから知られていたのでPPMS様々であり,ラッキー以外のなにものでもなかった.

 花輪君の弟子であった米澤君がその後,βパイロクロア酸化物を発見し,ラットリングという御旗のもとに予期せぬほど長生きしている.彼の単結晶合成は「米澤マジック」と呼ばれ,誰も(本人すら)再現できなかったが,最近の山浦氏の努力により「科学的」になってきている.本新学術領域研究において採択していただいた研究対象はこのラットリングの流れをくむ物質である.ここで話の流れを断ち切って,少しまじめなサイエンスに進もう.

図1 AxV2Al20の結晶構造(空間群Fd-3m).

 

 AxV2Al20は約40年前にCaplinEinstein Solidsと呼んだ物質である1,2)Al-V合金としてα相,Al10VVAl10などと呼ばれてきたが,ここでは最近のYbCo2Zn20に代表される一連のCeCr2Al20型構造を有する物質群との関連から,AxV2Al20と呼ぶ.構造中に含まれる最も大きなカゴに,比較的小さなAlGaなどのAx原子が内包されラットリングすると考えられている( 図1).不思議なことに,A原子が占めるのはカゴの3割程度であり,残りがからのままとなっている.A原子がYLaの場合にはすべてのカゴを占め,ラットリングしない.

 CaplinらはAl23KGa10Kのアインシュタイン温度を有する低エネルギーモードを見つけ,これがラットリング(彼らはそう呼んでいないが)と関係していることを示した.これらのアインシュタイン温度は最近研究されているカゴ状物質と比較して異常に低い(特にGaは).さらに彼らは伝導電子への影響を調べたが,結論として相互作用は弱いと述べている.その後,別のグループにより超伝導が報告されたが(データなしに),そこでもラットリングはほとんど効いていないとされている3).われわれは最近になってようやく,この物質における彼らの先駆的な研究に気付き,1年前にちょっとやり始めたのである(まあ何か出てくるかもしれないからやってみようかという程度の軽い気持ちで).

 現在,M2となった小野坂君と助教の岡本氏がこの研究の主役だ.小野坂君の合成の腕も着実にあがってきて信頼できるデータが得られつつある.まず超伝導だが,過去の報告通り,Al0.3Tc=1.49KGa0.2では1.66Kであり,典型的なBCS弱結合超伝導体であることが分かった.さらに,YV2Al200.69Kで超伝導になることを観測した(たぶん,新超伝導体).一方,LaV2Al200.4Kまで超伝導を示さない.AxV2Al20における超伝導は,βパイロクロアに見られたようなラットリングによる強結合超伝導とは程遠く,やはり電子-ラットラー相互作用は弱いと考えられる.

 一方,電子比熱係数γにはかなり大きな増強が見られる.YLa20 mJ K-2 mol-1に対して,Al0.333 mJ K-2 mol-1Ga0.2では35 mJ K-2 mol-1となっている.この原因は分かっていない.さらに,Ga量を0.2から0.6まで制御した試料において,Tc,γ,磁化率に系統的な変化が見られており,ラットリングの寄与がある程度あるのではないかと考えられる.詳細は今後の研究により明らかとなるだろう.

 興味深いのは図2に示した電気抵抗の温度変化であろう.室温での電気抵抗の絶対値はβパイロクロアに比べて1桁低く,またβに見られた「上に凸」の温度依存性も顕著ではない.しかし,30K以下には温度に比例するような異常な振る舞いが見られる.これはYT3に比例して飽和する電気抵抗を示すのと対照的である.Al0.3Ga0.2の電気抵抗を心眼で眺めると,それぞれ,20K10Kあたりにブロードな山が存在することに気付く.これはもちろんそれぞれのアインシュタイン温度に対応していて,ラットリングによる散乱がある程度効いている証拠である.さらにGa0.5の試料においてはTc直上まできれいにT-linearが見えており,低温で飽和する傾向が見られない(もちろん,QCPなんて遠い話である).

2  AxV2Al20多結晶試料の電気抵抗.A = Y, Al0.3, Ga0.2, Ga0.5に対するデータを示す.インセットはTc直上の電気抵抗r0を差し引いた低温部.

 

 以上の結果は,特にGaのラットリングが極低温まで生き残って電子散乱に大きな寄与をしていることを意味する.興味深いことにAlのラットリングからの比熱は低温でEinstein比熱としてよく再現されるが,Gaには1.5K以下に無視できない余分な寄与が残ることが分かった.よって,Gaのラットリングは単純なアインシュタインモードではない.

 これと関連していると思われるのが,最近,竹下らによって行われたRbOs2O6に関する高圧下電気抵抗測定の結果である.彼らは電気抵抗の温度依存性が低圧のT2から,3.5−4.9GPaにおいてTに,さらに5GPa以上でT3に比例することを見出した.その原因を,on-center rattlingからoff-center rattlingを経て,最後にoff-center freezingしたためと考えている.AxV2Al20において見られるT-linearな電気抵抗も,このoff-center rattlingと関係している可能性が高い.実際にCaplinらは,カゴの中心のポテンシャルが高く,ラットラーはoff-center位置の低い場所をぐるぐる回っていると考えた(彼らはこれをrotatorと呼んだ).このような振動モードが量子トンネリングによって起こっているとしたら,極低温まで止まらないラットリングが電子散乱に寄与できるかもしれない.

 私のラットリングの定義は,「局所的巨大振幅非調和振動」である.最後を熱振動とするか量子振動とするかは重要であるが,ここでは一歩下がって曖昧にしておく.いずれにせよ,調和振動子であるアインシュタインモードは単なる近似に過ぎない.アインシュタイン温度よりもっと低いエネルギー領域にラットリングの本質があるはずである.βパイロクロアやAxV2Al20において,それが少し顔をのぞかせているように思える.βパイロクロア酸化物の超伝導から始まった予期せぬ研究の流れであるが,ラットリングには将来,教科書の片隅に載るような重要な物理が含まれていると信じている.微力ではあるが皆さんに教えて頂きながら,ラットリング現象の理解が進むよう頑張りたいと思います.この2年間の公募研究,よろしくお願い致します.

 最後に,最初の物質探索の話に立ち戻ろう.これまでの経験をふまえて,これから(もちろん2年後から)何をやるかが問題である.私に残された時間も15年を切った.さらなる感動を得るためには何をどう努力すべきなのか,自問する今日この頃である.確かに超伝導は劇的な現象で実験も面白い.自然の中にはまだまだ未知の超伝導体が眠っているだろう.もしそのTcが銅酸化物を超えるとしたらと考えるとぞくぞくするが,その道が遠いのも近いのも知る由がない.しかし,正直言って超伝導も少し飽きてきた.ラットリングはそれなりに面白いが,だんだんマニアックになりつつある.新物質探索の存在価値は常に人の前を行くことである.最初の美味しいところをちょこっとつまみ食いして,流行ってきたら誰も気がついていない山で新種のキノコや未知の鉱物を掘り起こさねばならない.もう一度ぐらい,その機会があることを期待しつつ,筆をおろす.

 

1) A. D. Caplin et al.: Phys. Rev. Lett. 30 (1973) 1138.

2) A. D. Caplin, L. K. Nicholson: J. Phys. F 8 (1978) 51.

3) T. Claeson, J. Ivarsson: Commun. Phys. 2 (1977) 53.