秋光特定領域研究ニュースレター4ー2編集後記 

今日は7月31日だというのに夕暮れの柏キャンパスには涼しい風が吹いている.今年の天気も変である.

 今日を締め切りとして何人かの方にニュースレター原稿を依頼した.1週間前にはreminderも出し,大部分の方から締め切りを守って原稿を頂いた(感謝).さあ,これで1つ片づいたと思い,4日後にせまった外国出張の準備にようやく取りかかり,疲れ果てて寝込んだところ夜中に目が覚めた.何か忘れているような.そうだ,編集後記がまだだ.ということで真夜中に書き始めたこの文章,どこにたどり着くか.

 話題を今朝の朝日新聞に求めよう.天才数学者ラマヌジャンの特集が強いインパクトを持って頭の中に刻み込まれている.彼は例によってインド人であり,数々の公式や関数を発見し,32歳で若くして世を去った,まさに天才である.1729という数字を聞いて即座にそれは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数であると答えたというから普通ではない(1729 = 123 + 13 = 103 + 93, と新聞にはあったが,実は昔やったのを思い出しただけらしい).彼が発見した(と後の数学者が解き明かした)擬ゼータ関数というのは宇宙の原理にせまるかも知れないほどのものらしい.面白いのは,数学の世界では何人かの天才がいて大発見をし,その後,何世紀もかかって普通の数学者がその意味を説き明かして発展してきたということである.アインシュタインがいなくても相対性原理はいずれ発見されたであろうが,ラマヌジャンがいなければ,多くの数学が未知のままとなったと予想されている.

 私は村上春樹の大ファンである.彼の本「海辺のカフカ」の中に,「芸術家とは,冗長性を回避する資格を持つ人々のことだ」という一節がある.つまり,AならB,BならC,という具合に積み重ねていってZまでたどり着くのではなく,いきなり,AからZまでいける人が芸術家である.天才も似たようなものだろう.途中の面倒くさいことは抜きにして,いきなり答を掴みだしてくることが出来るのである.なんと,うらやましいことか.あれこれいじって,少しでもTcを上げようと努力している私のような凡人とは次元が違う.ラマヌジャンは夢の中にナマギーリ女神が出てきて教えてくれたと言ったそうだが,誰か私の夢枕に立って,これが室温超伝導体の組成(出来れば構造も)だと教えてくれないだろうか.こんな文を書いているよりは早く寝た方がよいのかもしれない.

 しかしながら,ラマヌジャンは天才の例に漏れず,32歳の若さで世を去った.恐らく天才の作業は消耗するのである.確かに天才には憧れるが,北海道で美味しいものも食べたいし,たまには夏のヨーロッパのカフェでビールも飲みたい,などと俗人の楽しみも大事にしたい身としては,今のままがよいのかも知れぬ.近くに天才が来てくれるのがベストだ,などど都合のよい妄想を抱きながら,おやすみなさい.