アントワープ2004

 前回の日仏セミナーに引き続いて、今回はベルギーのアントワープでの会議とシュトゥッツガルトのマックスプランク研究所を訪問したときのことを書きましょう。3回目ともなるとこのような散文を書くのにもネタが尽きてきましたが、取りあえず、最後の夜にマックスプランクのゲストハウスで書き始めました。ちなみに帰りの飛行機の中で完成。めでたし。

 今回の出張(もちろん旅行ではありません)は、2004年9月17日から25日までの期間に、アントワープで開かれた固体化学の会議に参加するのが主な目的でした。会議の正式名は「Fourth International Conference on Inorganic Materials」です。前回の日仏会議と違って「化学」の会議であり、19−21日の3日間、アントワープ大学において開催されました。まず、会議のバックグラウンドについて少々。数年前、エルセビア出版社が古くからあるフランスの雑誌をてこ入れして、Solid State Sciences(3S)という固体化学を中心とした雑誌を作りました。そのエディターとして、ヨーロッパからシュトゥッツガルトのマックスプランク研究所のMartin Jansen(ヤンセン教授)、米国からデュポンのMas Subramanian(サブラマニアン教授)が、そしてアジア地区から京大化研の高野教授が選ばれました。この3Sと連動して開催されているのが今回の会議であり、常にヨーロッパで開かれ今回が4回目となります。私は初めての参加でした。参加者総数は約300名、トップはフランスから51名、次点はなんと日本からの50名でした。やはり、アントワープという響きは特に日本人には魅力的ですよね。会場は市内から南にあるアントワープ大学。1995年に私が1年間滞在した電子顕微鏡グループが入っている思い出深い建物でした。

 例によって初日の成田に戻りましょう。今回はKLMオランダ航空で成田からアムステルダムのスキポール空港へ。この週は休日が重なって大変混んでいました。私の便はなんと20名以上のオーバーブッキングがあったそうで、「どうするんでしょうね。でも、何とかします」とチェックインカウンターの女性が言ってました。皆さん、空港へは早めに行きましょう。ちなみに帰りも便も満席で何人か乗れない人がいたようです。さて、モスクワ滞在記でアエロフロートは機内で雨が降るという悪口を紹介しましたが、なんとKLMでは実際に「雨」が降りました。離陸直後、目を閉じて飛行機の加速を楽しんでいると、天井からかなりの量の水滴が落ちてきて頭からかぶるという事態に。びっくりして上を見上げると、天井の継ぎ目に水滴が残っていてその後もぽたりぽたりと。とまあ、出だしは悪かったのですが、KLMは結構快適でした。特にビデオシステムがいい。もちろん、目の前のシートに個人の液晶テレビがあってオンデマンドで映画が見られます。つまり、見たいときに最初から映画を見ることが出来る。しかもその種類が40以上、日本語吹き替えのあるものも7−8本ありました。お陰でアムステルダムまでの12時間に、4本も映画を見てしまった。機内で講演の準備とやりかけの仕事をするつもりだったのに。アムステルダムのスキポール空港からアントワープまでは列車の旅。最近、航空会社は近距離の乗り継ぎを列車移送に変えているようで、KLMの予約として通しのチケットを渡された。アントワープまで2時間の旅でした。追伸、帰りのKLMは古いジャンボではっきり言って不快適でした。文句はやめますが。

 アントワープは9年前とほとんど変わっておらず、ただ、あちこちで道路工事が行われていて交通渋滞が少々。アントワープ大学の友人に探してもらった旧市街の小さなホテルに宿を取りました。一泊50ユーロ弱の安宿のくせに驚くほど広い3人部屋に一人で泊まって快適でした。アントワープはネロとパトラッシュの街。あのカセドラルの前の広場に小さな記念のモニュメントが生えていました(トヨタの寄贈)。

夜の大聖堂
大広場の周りにそびえ立つギルドハウス

 会議は45分の招待講演と20分の一般講演が一つの会場であり、その他に毎日1時間のポスター発表が行われた。内容は遷移金属酸化物の合成や物性から、ナノ構造を使った応用まで幅広くて、しかもそれらが何のポリシーもなく、ただ並べられているという極めて雑なやり方。恐らく日本や米国なら参加者が文句を言い出しそうな演出です。後でヤンセン教授から聞いたのですが、その方がいろいろな話が聞けて満足だとのこと。これこそ、ヨーロッパの時間感覚と余裕でしょうか。私の研究室からは今回、博士課程2年の米澤君が参加して最近、彼が見つけたβ型パイロクロア超伝導体についてポスター発表を行いました。私は付き添いですが、一応、最後に短いセッションの座長など務めて参加してます。

アントワープ大学の会議会場
ポスター発表をしている米澤君

 今回皆さんの話を聞いていて特に気が付いたこと。米国人は前置きと能書きが長い。あんなに早口で沢山話しているのに中身に乏しい(これは明らかに言い過ぎ)人が多い。もちろん優秀で尊敬すべき固体化学者も沢山いますが。それに比べて、欧米人は実質主義で自分の研究を中心に中身のある話をするように思います。ただ、時に自分の結果のみに固執しているように感じることもありますが。日本人はその中間で皆さんすばらしい講演をされてました(日本語で書いてるので日本人には甘い、などと言うことは決してありません)。

 今回の会議の一番の収穫はサブラマニアンさんとお友達になったことです。彼がかつてA.W. Sleightとデュポンでパイロクロア酸化物の仕事をしていたことで知っていましたが、今回初めて会い、あまりに若いのに驚きました。48歳だそうで、もっとおじいさんかと思っていたと言うと、「かっかっかーーーーー」と笑っていました。偉い人はなんと笑い方に特徴のあることか。かのGoodenough大教授の笑い声は特に有名で、遠く離れていても響いてきたことを思い出します(失礼、まだご健在)。サブラマニアンはインド人でとにかく早口、何時間しゃべっても止まりません。バンケットで隣の席に座っていろいろ話したのですが、途中でリタイヤしました。ベジタリアンなのにあのエネルギーはどこから生まれてくるのでしょう。彼の仕事は固体化学に留まらず、有機化学を始め実際の応用研究に及び、全く超人的な人物です。

 さて、会議以外の話を少々。ベルギー名物はチョコレートとワッフルとフリット(フライドポテト)とムール貝。アントワープに到着した夜に早速、京大化研の島川氏と米澤君と3人でカセドラルの横のレストランへ。気分が良かったので調子に乗って外の席に座りムール貝を注文。ずいぶん待たされて体が冷え切った頃に鍋一杯のムール貝が出てきて満腹になりました。まあ美味しいのですが、年に一回食べれば十分でしょうか。ちなみに、9月のヨーロッパはすっかり夏が終わって、かなり寒く感じます。

 会議が終わった翌日、米澤君と列車でドイツのシュツッツガルトを目指す。ブリュッセル、ケルンで乗り換えて、シュツッツガルト郊外にあるマックスプランク研究所に着いたのは夕方でした。広大な森の中にあるモダンな研究所で、固体物理の実験、理論、固体化学にそれぞれ3人の教授を要し、ドイツ各地にあるマックスプランク研究所の中でもひときわ大きな研究所です。固体化学のボス、ヤンセン教授はシュニーマイヤー、Muller-Bushbaum、Hoppe教授の流れを引く大物教授です。長年、多くの新物質の合成と構造、物性の評価を行っており、極めて優れた固体化学者の一人です。今回、研究室を見せて頂いて、その規模とすばらしい研究環境に感銘を受けました。私のような似非化学者と違って、彼は真の固体化学者です。私はセミナーを行ったのですが、ずいぶん大勢の人が来てくれて沢山の質問を受け、来たかいがありました。サブラマニアンさんとの出会いを含めて、ヤンセン教授との出会いは、今後の私の研究人生に大きな転機となっていくような気がします。特にヤンセン教授のところには、これから若い人をどんどん送り込もうと思っています。

マックスプランク研究所にて

 これまで知らなかった世界や人々と接することは旅(出張)の醍醐味です。研究の上でもプライベートでも出会いを大切にしたいと思います。さあ皆さんも早く一人前の研究者(自分の出張費を持ってる)になって、世界中を飛び回りましょう。あと1時間で成田に着きます(飛行機が落ちなければ)。では、また。Z