冬のボストン再訪
2006.11.27-12.3

 前回の初夏のドレスデンから随分,時が経ちました.その後しばらく外国に行くことはなく,日本で開かれたいくつかの国際会議に出席しておりました.特に7月には組織委員の一人として, Highly Frustrated Magnetism (HFM2006)を企画し,その残務(出版関係)が未だに残っている.さらに,この11月には京大化研の高野先生が本年度で退職されるのに合わせて,京都固体化学国際会議を島川氏と企画した.これは本当に企画した(言い出しっぺ)だけで実際にはすべて島川氏と京大化研の人達が働いてくれました.全くご苦労様でした.お陰様で,外国からGoodenough大先生(すでに84歳となられた固体化学の大家)やRao先生など,多くの偉い先生が参加して下さり,国内からも金森先生をはじめ,化学・物理・工学の人から企業の人まで,様々な方が参加して大いに盛り上がったところです.このような会議を京都で開くことは私を含め高野グループの長年の夢であったので,実に感慨深いものがあり,心に残る会議となりました.参加した某新領域の日本人に見えるお方が,あれは若い人にとってonce-in-a-lifetimeな会議だと言っておりました.これを機会として日本の固体化学がさらなる発展を遂げるよう,皆さん今後も共に頑張りましょう.さて,これまではほとんど人が作ってくれた会議に参加してきたわけですが,これからはそうもいかないようです.なぜか,1月にドレスデン(またもやドレスデン)である会議の組織委員にも入っているし,3年後の第9回超伝導国際会議(M2S-IX)ではお金集めをやる羽目になりました.気楽な四方山話と違って,こっちの方はつらい苦労話しか出てきそうにありません.まあ,先のことは忘れましょう.

 今回はボストンで開かれるMaterials Research Society (MRS)の秋の年会に参加する.この会議は米国の材料学会であり,毎秋この時期にボストンで開催される.物質がらみの様々なテーマについてのシンポジウムからなっていて応用に近い話が多いので,どちらかというと私には場違いなのだが,昨年のゴードン会議で仲良くなったカリフォルニアのRamさんが固体化学のシンポを企画し招待してくれたので来ることになった.関係が薄いと言いながらMRSに来るのはこれで4回目.高温超伝導が華やかなりし頃に参加していたのだが,今となっては遠い昔のこと.

 なんて書いていると忌まわしい思い出が蘇ってきた.超伝導全盛期の頃,ある東大のお酒が好きな人と今は東北大の声の大きな人と3人で学生さんを伴ってボストンの夜に繰り出した.声の大きな人はその日に発表が終わり,他の2人は明日の発表.お陰でより元気になった声の大きな人はあるレストランで,この店で一番大きなロブスターを持ってこい!と叫ぶ.運ばれてきた巨大なロブスターの大半は学生さんのお腹の中に消え,年長はワインで盛り上がる.さらに梯子をして,高層ビルのてっぺんでバーボンを飲み,完全に出来上がる.さて翌日朝目が覚めると,なんと声が出ない.大きな声を出そうにもかすれてしまい,口も廻らず,お陰でその日の発表はひんしゅくものでした.若気の至り,その1.

 さらに蘇る思い出その2.会議が終わって時間があったので有名なボストン美術館に出かけた.目的は浮世絵の原画を見ること.ただ単に見たことがなかったので.しかし,いくら探しても見あたらない.キューレータらしき人に尋ねると,なんとどこかに貸し出されていて今はないとのこと.ショックでした.というわけで今回はこの遺恨を晴らそうと思ってやってきたのだが,一週間ほど前に新聞を見ていたら,なななんと上野でボストン美術館浮世絵肉筆画展なるものが開かれている.期間は見事に私のボストン滞在期間と重なっているのでありました.日本では,入場料が高いし混雑がひどい,暇がない.またしても魚は逃げていった.

 前置きのつもりで書いてきたが,調子に乗って長くなり済みません.今は,コンチネンタルの座席の上.と思ったら,キアヌリーブスとサンドラブロックの映画が始まった.よって中断....そして再開.2年先の彼女(2年前の彼氏)と出会うという少々無理な話だったが,それなりに面白かった.この飛行機,見事に満員です.しかし,もっと問題は4時間遅れで離陸したこと.午後4時前に成田に着き,予定の6時を過ぎること4時間,午後10時にようやく飛び立ったのである.お陰でニューヨークからボストンに乗り継げないと宣告された.ニューヨークーボストン間は便が多いので少々送れても乗り継げると思ってこの便を選んだのに何たることか.ニューヨークで今晩のホテルを手配してくれるとのことだが,どうなることやら.翌日の早朝6時半の便でボストンに無事到着できるといいのだが.ちなみに会議は朝の8時からだから,これには間に合わないね.

 成田では飛行機が遅れたお詫びにと1,000円の食事券を受け取り,品のないカフェテリアに赴いた.そこで向かいの席に座っていた米国女性と話をする.彼女も4時間待ち組.歳はよくわからないが,そんなに若くない,かな.米軍の看護士として韓国の基地にいて休暇で帰国途中とのこと.2週間後にまた韓国に戻りさらに半年の勤務をするそうである.タフな女性.出身はオハイオ.ああ,ポテトだろう,といったら,それはアイダホだと笑われる.仕事の話や家族の話で盛り上がる.誤解を招かないように言っておくが,混んでいたのでここ空いてるかと聞いたら向こうが話しかけてきたのです.

 ニューヨークまであと1時間.12時間の長旅もあと少し.少し寝たので気分は悪くない(で,こんなに長々と書いている).例によってこの便はアメリカ製なので禁酒便です.有料だと誰もアルコールを飲まない.バッドワイザーに誰が5ドルも出すか.最近,飲み過ぎなので私にはちょうどよい.じゃ,また.

 2日目の夜,ボストンシェラトンのバーにて初ビールを飲みながら.周りは英語でうるさい.日本語だったらもっとうるさいだろうが.昨日の話.ニューヨーク到着が予定より早かった?ようで,着いたのはボストン行き最終便出発時間の30分前.急いで乗り継げといわれ,小走りで進むが,なんとわかりにくいことか.あちこちで聞き回ってようやく行き先のゲートがわかったときにはあと15分.出発ゲートの入り口について5分前.間に合ったと思ったら,なんと例のきつい荷物検査が待っていて,靴を脱ぎ通り過ぎた頃には5分遅れとなる.ゲートに着くと明かりが消えていてゾッとしたが,なんとか間に合ったのでありました.アメリカの航空会社には人情が無いと思っていたが助かった.しかしながら,同じ便で成田から来た人達がごゆっくりと後に続き,結局30分遅れで出発したのでした.急いで損した.すでに搭乗していた人達は不満げだったが.シェラトンに着いたのは真夜中.柏を出て,ちょうど24時間後でした.本当にご苦労様でした.

 会議は翌日11月28日火曜日の朝8時から始まる.その前に朝飯を探してモールをうろつくと,リンゴ入りクロワッサンとフレッシュなオレンジジュースを発見して大満足.ボストンは米国では例外的に食い物が美味しい場所なのです.ちなみにここはボストンの中心でシェラトン,マリオット,ウェスティン,ヒルトンと主なホテルが建ち並び,それらがモールで繋がれている巨大なショッピングエリアである.どんなに外が寒くても(今年は寒くないが)中は快適.会議はシェラトンとその隣のコンベンションセンターで開かれる.雄一の問題はホテル代が高いこと.シェラトンは税込みで200ドル近い.はっきり言って出張費では足が出てしまうが,周りのホテルも安くないので便利さを考えると仕方ない.

 さて,時が流れ,12月1日金曜日の朝です.今回参加した固体化学のシンポジウムは昨日で終わり,その他のセッションが今日のお昼まで予定されている.会議の内容について話す前に,MRSのシステムを簡単に.秋のMRSは40ぐらいのシンポジウムからなっている.それぞれのシンポジウムには数人の企画者がいて彼らが前もってMRSにシンポジウムを提案し,認められればゴーということになる.開催のためには自分たちでスポンサーを捜してお金を集める必要がある.他の企画の詳細はわからないが,固体化学は2年ごとに持ち回りをしているようである.シンポジウム以外に教育的な企画とか賞やjob marketなどもある.ポスターセッションは夜中の8時から延々とビールを片手にとなる.exhibitionも盛んで,すごい数の企業が装置を持ち込んで宣伝している.応用と結びついた材料学会らしい.固体化学の方は伝統的な研究からナノ粒子やその集合体,さらに酸化物エレクトロニクスを目指したものまで幅広い.

 米国人の話を聞いていて気になるのが(前にもどこかで書いたが)能書きが長いこと.いつまで経ってもデータが出てこず,これが重要だとか,あれが必要だとか,やたら箇条書きが並ぶのである.細かいことは話さないので,確かにすごそうだが判断の基準がない.こういうスタイルが伝統的に好きなのか,あまり競争相手に情報を与えたくないのかよくわからないが,聞いていて面白くない.おまけに(これは私が悪いのだが)早口英語で頭が飽和してくる.皆さん,ほんとに英語がお上手です.

 もう一言ついでに文句を.ペロブスカイトを代表とする研究の流れは銅酸化物やマンガン酸化物で一気に花開いたように思えるが,もちろんそれ以前にも長い歴史がある.しかし,以前の研究では主に結晶構造や不定比性など固体化学的な側面が強く,物理的な重要性が認識されてきたのは最近であろう.問題なのはそのような化学的な側面をしっかり抑えずに物理の議論をしようとする人達の多いことである.汚い試料を作って精密な測定をすることに如何なる意味があるのか.ましてや,ただでさえややこしいところにさらに元素置換をして話を複雑にする.そこから一体どのような結論が得られるのかはなはだ疑問である.銅酸化物はペロブスカイトの中では例外的に単純で美しい系であった.マンガン酸化物は複雑な中にも面白い要素がちりばめられていた.最近はコバルト酸化物が流行だが,次はどこに向かうのであろう.先読みしてやりたいところだが,最近では少々手詰まりの感が強い.困ったもんだ.若い人達,頑張って.

 過去に戻って初日の火曜日.午前中はまじめに聞いていたのだが,お昼にピザを食べたら猛烈に眠くなり,ホテルの部屋へ戻って昼寝.会場がシェラトンなので実に楽だ.目が覚めるとなんと夜中の9時だった.さすがに寝過ぎたと思いつつも,バーでビールを一杯飲んだだけで夕食も食べずに寝付く.お陰で夜中の3時に目が覚める.翌日の水曜も同じパターンに陥りそうになるが,主催者のRamから招待者のディナーに呼ばれ,無理矢理起き出してレストランへと向かう.Regal Seafoodという老舗レストランの出店がモールにある.15人ほど集まるが,知り合いはRam一人で肩身が狭く,それでも何人かと話しながらロブスターとカニを食す.はっきり言って美味しくない.越前のマツバガニが食べたい.気疲れでその晩ぐっすり眠ったかと思いきや,やはり3時過ぎに眼が覚めるのでありました.やれやれ.翌朝8時からの話の準備をしながら,アメリカ人に負けずに早口でしゃべってやろうと話の構成を練り直すが,土台無理な話でありました.われわれのシンポジウムの会場はGrand Ball Roomであり,その名の通りものすごく広い.そこに人がちらほらで少々寂しいが,まあ言いたいことはわかってもらえたようで安心する.日本から来た何人かと話をし,夜はフードコートの売れ残りのカリフォルニアロールでした.1人だとまともなレストランには行きにくいし,かといって特に行きたくも無し.今回,驚くべきことに成田を発ってからまだビールを2杯しか飲んでいない.食事も少なめでよく寝て体調は極めて良好.ちなみにこちらの地ビールはサミュエルアダムスというのがあり,結構美味しいのです.

 最終日,金曜の午前中でMRSは終結.お昼にテイクアウトのシーフードチャウダーをいただく.安くて美味しい.フードコートにはアルコールは売ってないので巨大なカップのレモネードなるものを飲むが悪くない.午後,例のボストン美術館に赴く.会場から地下鉄で3駅.すぐに着いて,当たり前だが,浮世絵はみな外出中.でも,19世紀印象派の部屋で幸せな時を過ごす.モネ,ルノアール,ゴッホ,ゴーギャンにムンクがおまけ.モネの睡蓮がかわいく2枚だけ.面白いのは金髪女がセンス片手に豪華な花魁の着物を羽織っている姿だが,どう見ても日本人には悪趣味である.モネはなぜこんな絵を描いたのだろう.でも,じっくり見ていると結構面白い.今回も絵を見ていて思うことは,近づくとただのいい加減な線が離れてみると妙に真実味をもって見えるということです.写真は近づけば細かいところが見えるが,正反対.ルノアールのダンスをする2人の向こうのテーブルに載っているビールのなんといい加減な太線が確かにビールに見える.当たり前かもしれないが,妙に感動して長い時間を過ごしたのでありました.その近くにあったムンクの「声」という不思議な絵がどこか別の世界から語りかけていた.でも,浮世絵が見たかった.残念.

 その夜,最後の晩は土産を買いに歩き回る.外は雨となり激しく降り出すが,モールの中は快適.まず,ゴディバ(英語ではゴダイバ)へ.ホイットニーヒューストンにちょっと似た(誉めすぎか)女の子が楽しそうに付き合ってくれて沢山買いました.どれを買おうか迷っているときゃんきゃんうるさいので少し黙っていてくれと言ったら,最後におまえはfunnyだとのたまう.よけいなお世話だ.モールの外に巨大なスーパーを見つけ行ってみるが,本当に巨大な売場に驚く.うろうろしているとワイン売場が目について,カリフォルニアワインを3本買い込む.が,ホテルに戻ってふと,そういえば液体は機内に全く持ち込めないことに気付く.空港で聞いたらやはりだめだと言われるが,預ける荷物に入れたらと言われ,何だそれはいいのかと安心しました.誰かにクリスマスプレゼントであげないといけないかと心配して損した.でも,割れないといいのだが.

 翌日,土曜日の早朝,ボストンのローガン空港にて.6時前に空港に着く.今日は昨日と一転,快晴となる.朝焼けの美しい空港から飛行機が次々と飛び立っていく姿はなかなか感動ものである.これからニューヨーク経由で帰国する予定だが,何もないことを祈る.天気予報を見ていると中西部からシカゴ辺りまで嵐で大雪となっている.ニューヨーク経由でよかった.経由地が離れていると悪天候で飛べなくなる可能性が増す,教訓その1.

 帰りの飛行機もほぼ満員.でも,順調に飛んでいる.成田まで2/14時間.飛行機に乗っていると,よくこのまま墜落したらどうなるかシミュレーションしてみる.家族は当然として,研究室のみんなが路頭に迷うことを思うと簡単には死ねませんね.昔から飛行機ではあまり眠れない方だったが今回は特によく眠れた.1つはヘッドフォーンのお陰.最近流行のノイズキャンセレーションという奴(この話,前にも書いたかな,まあいいや,暇だから).外部から来る低周波の音を検知し逆位相の音を人工的に作り出して消すという優れものだ.特に飛行機での効果は抜群で,例のゴーと言う耳障りな音がさっと落ちる.ただし,突発的な音には反応しないのでアナウンスはある程度聞こえる.周りの雑音が消えるととてもよく熟睡できる.おまけに映画の声も音楽も小さい音量で聞けるので耳も疲れない.後ろに座っているおしゃべりおばさんの耳障りなまったりした話し声も遠のく.皆さんにも是非お進めです.飛行機に乗らなくても電車に乗るならそちらでも快適です.買う人に助言を.私のは米国のBrookstone製.いろいろ出ているが,長時間掛けることになるので疲れないのが大事.耳を完全に覆うタイプは確かにキャンセル効果は高いが,長時間には向かないかも.オープンのは逆.適度の大きさのを選ぶのがよろしいかと.また,電池が必要なのでその部分がヘッドに着いてるか別にあるかで変わってきます.私のは小さな制御系が別にあるタイプです.安いものではないので皆さんよくご研究を.

 最近はどこの会議でもネットが使えるのでとても助かる.メールをチェックしながら,週末の学会申し込み締め切りに間に合うように学生さんとやり取りが出来る.どうせ私は実験には役に立たないので,メールが出来れば世界中どこにいても同じような気がする.という(言い)わけで来年もいろいろ出かけます.こちらにいる間に来年1月のドレスデン行きの日程が決まりつつある.冬のドレスデンは半端じゃなく寒そうで気が重いが,それなりに重要な会議になりそうです.

 今回のボストンは何だか思い出話で埋まってしまいましたが,何度も行っているので仕方ありませんね.じゃ,また.Z