冬のドレスデン

 (この文章は科研費特定領域研究(秋光特定)のニュースレター用に書いたものです。よって、少々専門的な部分も含まれますので、悪しからず)

 2007年1月,冬のドレスデンで開かれた国際ワークショップ「International Focus Workshop on Mobile Fermions and Bosons on Frustrated Lattices」に参加してきました.というわけで,ちょっとした会議報告を書きます.しばしのお付き合いをお願いします.

 このような”かっこいい”会議名を考えたのは,ドイツのブラウンシュバイクのピーター・レメンスと最近オックスフォードに移ったロデリッヒ・メスナーさんです.欧州では2005-2010年にフラストレーション関係の大きなプロジェクトが走っていて,この会議はその一環として企画されたものです.彼らはさらにマックスプランク複雑システム物理学研究所のフルデ教授と協力してこの冬のドレスデン会議が実現しました.なぜか理由はわからないのですが,私も主催者の1人となりました.でも,私のやったことは日本から2−3名の方を推薦したのみではっきり言って一参加者に過ぎませんでした. 

 会議は1月11-13日の3日間,フルデ教授のマックスプランク研究所で開催されました.欧州内外から約100名が参加し,36の口頭発表と54のポスター発表が行われ,活発な議論がなされました.日本からは,鹿野田,堀田,前川,宮原,森,押川,望月,中辻,高木,常次,吉村(アルファベット順)の各氏が参加され,計12名と一大勢力をなしておりました.実質2日半の会議ですから,このくらいの人数だと皆さんリラックスしてそれぞれに会議を楽しんでおられたように思います.下の写真は中日に会場のホールで写された写真です(堀田さん,目立ってますね.私はどこにいるでしょう?見つけても何も出ませんが).

 さて,ここまではすんなり書き進めてきましたが,これから会議の内容を書くとなると途端に筆が遅くなります.今回の会議,はっきり言って理論が多くて(多すぎて),私には全体を眺めてどのような講演や議論があったのかをお伝えする能力はありません.フラストレーション物理の世界は理論と実験が共に活発でお互いに相互作用の大きな分野ですので,高所から眺めてこの分野のトレンドを語ることはとても有意義だと思います.が,それはどなたか見識のある方にお任せして,私は気に入った話のみ掻い摘んでご紹介したいと思います.

 何しろ,Mobile Fermions and Bosonsということですから,ある意味で何でもありですが,話題の中心はやはりフラストレーション格子上のスピン液体や特異な磁気秩序状態,強い電子相関のもとでの異常な金属状態,超伝導や金属絶縁体転移でしょうか.会議のトップにお話しされた鹿野田氏の三角格子系分子性導体におけるモット転移と超伝導の話はまさにbeautifulなお話でありました.最も多く議論された物質はやはりNaxCoO2であり,その電子状態と超伝導について活発な議論が行われました.これを聞いていて日本の研究が欧州や米国のと比べてはるかに進んでいると感じました.このややこしい物質も最近の小形・望月氏による優れた理論研究(”気遣い”の理論という悪口も聞こえてきますが)によってようやく出口が見えてきたような気がします.まだ秘密ですが,私のグループも最近ちょこっとこの物質に手を染めておりまして結構面白い結果が出ています.乞うご期待.私自身は相変わらずパイロクロア超伝導体の話をしました.こちらの方は強相関もなく超伝導もs波で普通ですが,最近の結果からラットリングがペアリングを担っていると確信しています.さらに悪のりして,rattlonなどという変な素励起があったら面白いなと思っています(自己宣伝にて,悪しからず).他にも沢山面白い話があったような気がしますが,詳しく知りたい方はこのアドレスhttp://www.mpipks-dresden.mpg.de/~itfrus07/からプログラムをご覧下さるか,他の参加者にお聞き下さい.

 さて,会議が行われたのは冬のドレスデン.昨年夏に M2Sがドレスデンで開催されたので,またもやのドレスデンです.しかし今回は真冬につき,如何に寒いかと恐れをなしていたのですが,なんと今年の欧州は記録的な暖冬でした.ある現地の人がまるで夏のようだと言っていましたが,通常なら氷点下の凍える世界だったと思われます.会場となったマックスプランク研究所は非常にモダンな建物の中にオープンな雰囲気が作られており,長期に滞在する人も多いとのこと.マックスプランク研究所では今回のようにかなりの金銭的サポートをして会議を後援する機能があるようです.ドレスデンに来る前日,シュツッツガルトの同研究所に寄ってきましたが,そちらも立派な施設の中で潤沢な資金を使って研究に専念できる環境が整っていました.これは日本にはないシステムであり,いろいろな意味でうらやましく思いました.私など大学の付置研でのほほんとしている者がこんなことを言うと叱られそうですが.

 新年早々に欧州を廻って帰ってくると,研究室の学生さんの修士論文や博士論文審査に追われることになります.おまけにこのような記事を書きなさいという天の声まで聞こえてきます.人間,暇になったら終わりといわれますが,忙しすぎても終わってしまうように感じます.今回のような小さな会議に参加すると隔離された世界で(メールをしなければ)新しい発想も生まれてこようかというものです.

 最後に今後の関連する2つの会議のご案内を.1つめは2008年8月25-30日にドイツのブラウンシュバイクで開かれるHighly Frustrated Magnetism(HFM).昨年,大阪で開かれたHFM06の次です.もう一つは,M2S-IX.2009年9月7-12日に新宿京王プラザホテルにて開催されます.

では、またどこかの会議でご一緒しましょう。