トスカーナにて

 今回の旅先はイタリア,トスカーナです.2005年6月4日,土曜の夜,雨の成田を旅立ちました.あと3時間で5日早朝のパリに着き,乗り換えてフィレンツェへ.さらに列車でピサまで1時間,そこからバスでルッカを通り,会議場となるホテルIL CIOCCOへ.日曜の夕方に到着予定の長旅です.

 5月は実に忙しかった.研究会の企画,講義の準備,本郷での新たな任務,その他,様々なことに振り回されて,とても研究どころではなかった.6月は暇になるだろうと今回の一週間のイタリア行きを強引に決めたが,その後なんと4つも会議が舞い込み,「いやー,外国出張なので済みません」と逃げ出してきました.なぜこうも忙しくなってしまったのか,悲しい限りです.もう一つ忘れてた,代わりに授業をお願いした助手の村岡さん,どうもありがとう.

 今回,どうしても来たくなった理由は決して場所がトスカーナだったから,ではありますが,会議の内容がとても面白そうだったからです.会議名はGordon Conference on Solid State Chemistry IIであり,固体化学に関するゴードン会議です.ゴードン会議に参加するのは今回が初めてなのでそのシステムをよく理解していないのですが,毎年,様々な分野で沢山の国際会議を主催しているようです.会議の様子はまた後で.今回の会議に参加するきっかけはchairmanのAttfield氏が今春,京大化研の高野研に滞在しており,たまたま淡路島での会議に同席し意気投合したこと.彼から会議があることを聞き,後日また,たまたまプログラムを見る機会があって参加者の豪華さに驚きました.固体化学の大家であるGoodenough,Marezio,Rao教授らをはじめとして,この分野の蒼々たる大御所が参加します.さらに驚くべきことに,彼らはほとんどがdiscussion leader,要するにセッションの座長をするのみで講演をしません.話をするのはもう少し若い人たちのようです.このプログラムを見て是非混ぜて欲しいと思い,Attfieldさんに無理矢理お願いしました.ちなみにせっかく行くので私はポスター発表をします.何年ぶりでしょうか.どうなることやら楽しみですが,少々無理をしてもこの会議に参加することは将来きっと大きな意味を持ってくると感じています.顛末はあとで.このエールフランスは満員で大変.隣の人はグラナダへスペイン語の勉強に行くそうです.その隣はサンパウロへ帰る途中の十五歳のモデルさん.それぞれの想いをのせていざパリへ,なんてね.

 会場となるホテルIL CIOCCO(イルチョッコなどとかわいい名前)は小高い山の中腹にある大きなリゾートホテルです.ゴードン会議にはいくつかのサイトがあるらしく,これまではオックスフォードで行われていましたが,今回初めてこのサイトが選ばれたそうです.基本的に缶詰で滞在型の会議であり,講演やポスター発表以外にも多くの時間がフリーな議論用に取ってあります.町から離れたリゾートなので足がないと逃げ出せない.お陰で沢山の人と話をする機会を得ました.特に,最近共同研究を始めたシュツッガルトのJansen教授とは突っ込んだ議論が出来て大収穫でした.

 会議の参加者は約100名です.70歳前後の大御所が何人かと60前後の大先生が20人くらい,半分近くがポスドクや助手クラスの若い人たちです.ちなみに日本人参加者は私と高野先生,高野研出身で今プリンストンにいる石綿君(と奥さん)です.前述のように話をする人の半分はかなり若い人たちであり,彼らの発表を聞いていて,この会議の目的の一つが若い世代を育てることであることがわかりました.日本に比べて長い固体化学の歴史と実績を持つ彼らの知恵から生まれた会議のスタイルなのでしょう.会議の内容も遷移金属酸化物から始まって金属間化合物やナノ物質,エネルギーストーレージ物質まで幅広く,バラエティーに富んでいます.講演後の議論の時間も十分取ってあって活発なやり取りが行われますが,残念ながら内容になじみが薄い話も多くほとんど英語が聞き取れなくて理解不能.毎昼食後は4時まで休み(シエスタ)で,プールで泳いでる人や議論してる人,どこかへ車で出かける人やビールを飲んでにぎやかな人たちなど,様々.私も一通りこなしました.

 今回出会った中で最も強烈だったのはポーランドのおばあさん.実に存在感のあるお顔とボリュームで2晩続けて夕食をご一緒しました.昨晩もレストランへ入るときにたまたま目が合ってしまって,やばいと思ったときにはもう遅く,こっちに来て座れと手招きされ渋々とテーブルに.彼女は他の人も強引に誘うのですが,皆,気付かない振りをしていました.でも,最後にはドイツ人とフランス人とアメリカ人が一緒になり,おしゃべりなドイツ人のお陰で結構盛り上がりました.このような会議では毎食全員が集まるので,どのようなメンバーと一緒のテーブルになるかいつも冷や冷やします.もちろん,日本人同士が一番気楽なのですがそういうのもよくないし,かといってネイティブばかりのテーブルに着くとさあ大変.何を話してるのか見当も付かず,実に居心地が悪くて食事もまずい.これが何回か続くと食事に行くのが気が重くて嫌になります.トスカーナで楽しく遊んできたに違いないと思ってる人(全員でしょうが),これでも結構神経をすり減らすことがあって大変なんですよ.ちなみに私のことを大胆不敵と思っている人がいるようですが大間違い.小心者でまわりに気を使ってばかりいて大変なんです.

 さて,この辺の文章を書いているのは会議最終日の午後です.日なたは日差しが強くてジリジリしますが,日陰は薄手のセーターを着ていても寒い.これから残りのポスターと2つの講演で会議は終了です.昨晩の会議終了後に次回2年後の会議の副主催者の選挙があり,マックスプランクのJansen教授が選ばれました.次回はモスクワ大のAntipov教授が主催し,Jansen教授は4年後の会議を主催するそうです.ちなみに投票したのは若い人も含めて全員です.さらに今後の会議の場所と時期について議論があり,様々な意見が出ましたが,結局またこの場所で同じ6月始めに行われることとなりました.国によって講義に忙しい時期が違うのと,バカンスシーズンになると場所が確保できないとのことで選択の余地はあまりないようです.幸い研究所にいて比較的時間がとれる(はずの)私は次回も是非参加したいと思っています.前にも書きましたが,今回この会議に参加したのは大正解でした.サイエンスとしてはいくつかアイデアの元を得たこと(内緒ですが),欧米の固体化学のソサイエティーに参加し,ある程度のアピールが出来たことが収穫でした.この繋がりで今後の発展(どこか,いいところに招待してくれないかなあ!)が大いに期待されます.次回には是非,若い人を誘って参加したいと思います.

 最後の仕上げを書いているのは,フィレンツェのレップブリカ広場のカフェ.もうすぐ午後8時ですが、外はまだ明るく,大勢の人々が目の前を通り過ぎていきます.聞こえてくるのは石畳を走る馬車の蹄の音,道端で誰かがひくギター,そして,まわりにいる人々の様々な言葉.明日の昼の飛行機で帰国しますが,幸いフィレンツェで少し時間がとれました.パラティーノ美術館で見たラファエロの聖母の眼差しとティツィアーノが描いた男の瞳がとても印象に残っています.イタリアに来るのは今回で2度目です.前回は5年前,マッジョーレ湖畔で開かれた会議に参加しました.他の国と比べてイタリアに来ると妙に落ち着きます.川で釣りをしてる人やカフェでボーとしてるおじいさんを見ていると自分の前世はイタリアにあったんじゃないかと思えてくる.前回も小さな町の小さなレストランのおじいさんと仲良くなり,全く言葉が通じないのに他人のような気がしませんでした.そのうち機会があったらもっと長く滞在してみたいと思いますが,難しいでしょうね.

 今回の旅行記はまじめな話ばかりで済みません.物理の会議と違って話が面白いのと,逃げ出すチャンスが少なかったので.実は今回はパスしようかとも思ったのですが,楽しみにしていますよ,なんておっしゃって下さる方がいて,一応,書いてみました.案の定,少々つまらなくなってしまいましたがご勘弁を.では,またの機会に,Chao!