米国の東,カリフォルニアの西

 2010年7月のヨーロッパ,ハノイに続いて,この8月は米国へと足を伸ばす.8月第1週には熱力学の国際会議がつくばであり参加する予定だったが,全く同じ日程でフラストレーションに関する会議が米国の東海岸ボルチモアであり,完全なオーバーブッキングとなってしまった.前者は1年以上前に決まっていたし,後者は基調講演という名誉なお誘いであり,何とかやりくりをつけて両方に参加することになった.8月2日月曜につくばで話をし,火曜日の朝に発って夜にボルチモアに着き,翌朝一番で講演をこなすという,かなり綱渡り的なスケジュールである.おまけに翌週の月火と西海岸にあるカリフォルニア大学のサンタバーバラ校にて化学の方のサマースクールに参加し1.5時間の講義を2回やることになっている.ふむ,いささかハードである.ちなみにタイトルは相変わらず村上春樹のぱくりである.

 まず,つくばの会議.熱力学のプロが集う国際会議であるが,最近,比熱測定によく利用されているPPMSという市販の装置を如何に使いこなすかというワークショップに招待された.要するに素人代表として玄人にいじめられる場である.もちろん冗談だが,なかなか,いい勉強になった.会議のオープニングに,かの有名なPeter Atkins教授の基調講演があり,熱力学を如何に教えるかという内容の大変美しいプレゼンに感動した.4年前にオックスフォード大学を退職されたそうであるが,すでに40冊以上の著書があり,その中のいくつかは世界的なベストセラー教科書となっている.おかげでジャガーを乗り回しておられるそうな.うらやましい.

 暑い,暑いつくばを後にし,翌日の早朝,米国へと飛び立つ.ニューヨーク経由でボルチモアへ.もし何かとらぶったら翌日の講演はキャンセルになるので慎重に.ニューヨークで乗り継ぎに戸惑って引きつったが何とか無事到着しました.ここではフラストレーション会議(HFM2010)が,John Hopkins大学にて開かれている.すでに2日間の日程は終わってしまい,朝,会場に着いていきなりのトークとなる.なんとか基調講演に相応しい話をしたいと随分前から考えていたのだが,なかなかまとまらず,結局,来る途中の飛行機の中で大幅に練り直すことになった.一応,話は好評だったようだが,まあ,つまらないジョークが受けただけで,Atkins教授の格調高いトークの足下にも及ばない代物でした.私ももう20年経ったらあんな話ができるかな.たぶん無理だ.ジャガーも無理だ.

 聞いたところによると,パリのMendelsは米国入国のためのESTA取得を忘れて来られず,なんと自分の研究室からスカイプで講演をしたそうな.今回のほとんどの講演はビデオ撮影されていて,誰でも会議のHPから見ることができる.パワーポイントファイルが一緒なので,かなりまともに見られる.ちなみに私を含めて何人かは拒否したので一部の講演は見られない.正直言って,会議参加者だけにならいいが,自分の話を完全にパブリックにされるのは気が進まない.いい加減なジョークを後でじっくり聞かれるのはたまらない.しかし,これ,なかなか便利です.興味のある方はこちらへ(http://physics-astronomy.jhu.edu/hfm2010/index.html).何とも便利な世の中だ.会議に来なくても発表できるし,人の講演を聴くこともできる.ふむ,そうなると会議に集まる意味は何であろうか?もちろん当地の美味しいものを食べに行くことであるとは,もちろん冗談である.

 ボルチモアも暑い.昼間は35℃だが,会場内はとっても寒い.世界中どこでも同じだ.この会議は2年ごとに開催され,前回がドイツのブラウンシュバイク,その前は大阪であった.次回はこの会議中に決めるはずであるが,段取りが悪く混乱する.なんだか途中でトリエステに行ってしまったHT氏が日本でやってもいいと言っていたという話になって,なぜか私のところに集まってくる.慌ててHT氏にメールを送ると,悪天候で飛行機を乗り継げず,どこかの空港にとどまっているご様子.そんなことは言ってない,最後の手段として協力すると言ったとのことで,次回のご氏名を無事回避し,イギリスかカナダということで万事うまくいく.われわれは去年のM2Sのほとぼりが冷めるまで当分は会議を企画したりしないのです.

 会議最終日の金曜日,クロージングにおいて,昨年春に卒業した吉田紘行氏がつくばでの仕事により見事ポスター賞を受賞.おめでとう.名前を呼ばれて壇上に上がったときのおどおどした様子が如何にも吉田君であった.賞金はJH大学の大きなタオルのみ.前回のドイツでは岡本氏が受賞し,賞状と100ユーロをもらったのに比べると少々さびしいが,まあ名誉が大事である.後日談であるが,事務に受賞を報告した吉田氏は証明書を要求され困っているようだ.タオルでは証明できない.ビデオももちろんダメ.主催者が一筆書いてくれるといいのだが.夜はMT氏のお誘いにより4人で町外れのフランス料理店へと赴く.なかなかのお味でありました.満足.

 

 翌日土曜にはデンバー経由でサンタバーバラへ飛ぶ.大混雑のデンバー空港からサンタバーバラ空港に降り立つと,そこは何とも田舎の小さな空港で驚く.荷物受け取り場所は馬小屋のようだ.カリフォルニア大学サンタバーバラ(UCSB)校のキャンパスは飛行場の隣,海岸沿いののどかな風景の中にある.飛行場まで歩いていける距離で大変便利だ.太平洋から涼しい風が吹き,昼間の気温は20℃を下回るが,日差しは強いので程よく暑い.海の水は冷たくて泳げないようだが,泊まったホテルのプールは快適であった.夜の気温は10℃近くまで下がり,ジャケットがないと寒い.カリフォルニアの夏がこんなに快適だとは知らなかった.数年前に米国物理学会で訪れたロサンジェルスは暑かったし,30年前に西海岸を歩いたときも暑かったという思い出しかない.ここの理論物理センターにはLeon Balentsを含め5人のパーマネントしかいないのに夏には100人が世界中から集まってくるらしい.なるほどと納得する.

 今回,声をかけてくれたのはRam Seshadriという中堅の固体化学屋さんである.もともとインドのC.N.R. Raoの研究室を出て数年前にここUCSBに研究室をもった,なかなかの切れ者である.物質関係の大きな組織International Center for Materials Researchに所属しており,立派な研究施設を見せてもらった.今回,Summer School on Preparative Strategies in Solid State and Materials Chemistryというサマースクールを企画し,その一番バッターとして講義を仰せつかった.もちろん,たまたま前の週に東海岸にいたので偶然がこの機会となったのである.会議の内容はバイオや分子モーターから窒化物やイオン伝導体まで幅広い.私のテーマはCorrelated Oxidesであり,酸化物超伝導体からフラストレーションまで広く浅く異なる分野の学生にも興味を持ってもらえるように苦労しました.ブラッドピットとアンジェリーナジョリーと松嶋菜々子が三角関係になるとどうなるかという話とか.つたない英語ながら皆さん結構楽しんでもらえたようで来たかいがあったというものだ.

 このサマースクールには世界中から約60名の学生が参加している.1/3は国外から.参加申請を認められれば,旅費,滞在費,食事,すべて面倒をみてくれて,2週間,いろいろな分野の講義を聴くことになる.途中にはバーベキューパーティーや交流イベントもあるらしい.前日のウエルカムパーティーで一緒のテーブルになったのはドイツのシュツットガルトからきた男の子やスペインの女の子,バークレーからきたニュージーランド育ちの日本男児にUCLAのアフリカ系の女子.見事に国際的である.彼らと話していると当たり前だが自分が如何に歳をとったか納得せざるをえない.彼らにとってこの2週間がとてもよい経験になるだろうことは明らかである.様々な分野の話を聞いて吸収し,多くの友達を作り,たまには恋も芽生えるかも(三角関係も?).また機会があったら,うちの学生も放り込んでやろうと思う.ちなみに,Ramのサマースクールはこれで3回目らしく,毎回,テーマを代えてやっているらしい.

 月曜,火曜の朝に講義を終えて,水曜の朝には帰国である.空いた時間にRamといろいろな話をする.研究室の建物から1分歩くと,もうそこは美しいカリフォルニアの海岸である.ほとんど誰もいないが,遠くにサーフィンやビーチバレーを楽しむ人々が見える.なんと優雅なキャンパスだろう.どこぞやの不便で緑に囲まれた猛暑のキャンパスもいいが,ここは別世界である.今度はもっと長く滞在をしたいなあとつぶやくと,Ramはわかったと大いに乗り気で来年の夏のプランを考え始めたようだ.1ヶ月は無理でも1週間ぐらいなら何とかならないかと思いながら,二人で砂浜を歩き,小一時間の散歩を楽しみました.

 食事について総まとめ.サンタバーバラに着いた土曜の夕方,Ramが車でホテルまで来て海岸のピアの入り口にある大きなレストランに連れて行ってくれる.カウンターで海を眺めながら,大きな牡蛎とクラブケーキを食す.はっきり言ってとても美味しい.食後にピアの先まで行こうかと歩き出すが,とても寒くてジャケット無しにはいられず,すぐに舞い戻る.日曜の夜はウエルカムパーティー,月曜は1人でホテル近くの寿司屋に行ったが,これは失敗.しゃり無し大根巻きのサマーロールは今一つ.火曜はサンタバーバラの街中へArigato Sushiという怪しい名前の寿司屋に3人で行くが,ここのウニは旨かった.ウニはUniらしい.まあ,アメリカで食事について書くべきことはこのくらいである.

 2010夏の外国会議シリーズは,シュツットガルト,トリエステから始まり,ハノイ,米国ときて,あとはチューリッヒを残すのみとなった.さすがに少々疲れてきたが,暑い日本にいるよりは少しましか.では,また.Z