ドレスデンと東欧の旅

 2006年7月6日,梅雨空の成田を発ち,ヨーロッパに向かう.当たり前だが,雲の上はいつも天気がよくて気持ちがいい.今回の「出張」の主な目的はドレスデンで開かれる高温超伝導に関する国際会議M2S(Materials and Mechanisms of Superconductivity)に参加することです.会議は9日から14日まで.その前にちょっと足を延ばしてハンガリーのブタペストへ友人を訪ねます.彼の名前は,Patrik Fazekas.理論家です.私は理論など全く理解できないし,あまり興味もないのだが,なぜか理論家の知り合いが多い.考えるに理論家には個性的で面白い人が多いからだろうか.話は脱線するが,私の自慢は東大本郷の若手理論家のホープである小形氏との共著論文があることです.スピンアイスに関するもので,もちろん,私の寄与は限りなくゼロに近い.よって,私の「小形数」は1です(何のことかわからない方は「秋光特定ニュースレター」06' Vol.1をご覧下さい,といっても見られる人は少ないか).

 ただ今,KLMのシートの上.アムステルダム到着まで10時間.乗り継ぎに4時間,プダペストまでさらに2時間.到着は今日の夜中の11時の予定.空港にFazekas氏が迎えに来てくれるはずだが,無事会えることを祈っている.さて,出発前の空港のラウンジで東北大金研のI教授に出会いました.行き先は全く別だが,なんという奇遇.二人で共通の友人(以前,チューリッヒで会った××教授)について話し合い,今後のプランについて有意義な話し合いが進みました(ちなみに,帰りのアムステルダムの空港でもばったり出会いました.やはり二人で何かやれと言うことでしょうかね,Iさん).

 今回のM2S会議は高温超伝導の分野では最も大きな会議であり,3年に一度開催され,今回は8回目です.そういえば前回のリオデジャネイロの時も旅行記,というよりは会議報告を書きました.高温超伝導の発見からすでに20年が経ち,当初は転移温度の上昇とともに参加者数も増加し,ヒューストンで1600人に達したが,その後減って,前回のリオでは600人(SARSやテロのせいもあり)となり,今回は900人弱だったそうです.でも,日本からは相変わらず大勢の人(約20%)が参加しています.

 さて,問題は次回の会議です.高木氏を中心に次回会議を2009年に東京でやりたいとの計画が持ち上がっています.前回金沢で開催されたのは1991年のことだから,18年が経って順番としては日本でやってもおかしくない.次回の開催国は今回の会議中にボードメンバーによる投票があり決まることになります.現在,東京とオーストラリアの一騎打ちとなっていて,互いにプレゼンをやって勝敗が決まりますが,ワールドカップの借りを返そうと高木さんが頑張っている.しかし,負けてもシドニーに行ける(行ったことがない).おまけに考えるだけで恐ろしくなる雑用が消滅する(すばらしい!).うーむ,でも,コミュニティーの大きさを考えると日本が負けることは無いでしょう.高木さん頑張って下さい.陰ながら応援してます.結果は後ほど.

 アムステルダムのスキポール空港に到着.日本はミッドナイト.こちらは午後4時を過ぎたところ.晴れていて外は暑そう.教訓その1,乗り継ぎ時間は2時間以上にしないこと.やれやれ.

 ドレスデンに来るのは2度目.前回はマックスプランク研究所の大物フランク・ステグリッヒ教授を訪ねました.旧東ドイツの科学復興のために随分お金が投じられたらしく,彼の研究所は非常に立派でアクティビティーの高さに感心した記憶がありますが,1泊のみで駆け足で廻ったので町の印象は薄い.あれからずいぶん時が経ち,その間にドレスデンは世界遺産に登録され,有名なフラウエン教会も完全修復された.今回は長い滞在となるので会議にまじめに出ても(もちろん出ます)いろいろと見て回れるでしょう.もうすぐ8時だというのに外は真っ昼間のよう.ヨーロッパの夏です.さて,そろそろブタペストに飛んでいく時間です.眠い.

 今日は7月11日.ドレスデンの会議も前半が終わろうとしています.いろいろ慌ただしくて全く書く機会がなく,ここまで過ごしてしまいました.よって,しばしの回想を.

 ブタペストでは無事にファゼカシュさんに会い,ブダの丘の上のホテルにたどり着く.ブダペストは,ブダとペストという2つの町からなっていて(知ってた?),ドナウ川で分けられている.ブダ側は丘陵になっていて宮殿や城塞があり,ペスト側はフラットで商業地域である.翌日金曜の早朝に起きてセミナーの仕上げをし,迎えに来てくれたファゼカシュさんと大学へ向かう.前の週から夏休みが始まったとのことで,セミナーには10名程度の参加者しかおらず、彼が申し訳なさそうに何度も説明してくれたが,特に問題なし.午後は何人かと議論を行い,有意義に過ごす。その後,ファゼカシュさんに連れられて眠たい眼をこすりつつ宮殿を見に行く.あまりぱっとしなかったけれど,ファゼカシュさんとの話は盛り上がって楽しい時間を過ごす.夜はレストランでナマズのスープをいただいたが,名産のパプリカが沢山入っておりホットな味でまあまあ.実は昔,ヒューストンでナマズの唐揚げを注文してひどい目にあったことが頭によみがえってきて躊躇したのだが,今回のはOKでした.

ナマズのスープ。美味しそうでしょう。 ゲッレールト温泉の室内プール

 土曜は朝から付き合ってもらい温泉へ.ブタペストには市内に沢山の温泉があるのです.ガイドブックを見ると,おじいさんたちが温泉(プール?)につかりながらチェスをしている.二人で行ったのは大学近くのゲッレールト温泉.立派なホテルの中に2つの温泉(一方が36℃で他方が38℃とぬるめ)とローマ調の立派な屋内プールがあり,外にはなんと造波プールまである.入場料は時間にもよるが,2千円弱と結構高め.この造波プールがかなり激しくておぼれないように注意が必要でした.綺麗なおねいさんから貫禄のおじいさんまで様々な人がおりました.ちなみに中の温泉はもちろん男女別で,水着か裸かふんどし(貸してくれるらしい)と人それぞれ.昼過ぎまでの3時間を気持ちよく楽しむことが出来ました.地元の人と一緒なのはとても心強い.しかしながら、あまり付き合ってもらうのは申し訳ないので、午後は彼と別れて一人で街をぶらつく.宮殿内のカフェで今度は肉と野菜のスープであるグヤーシュとパンとサラダとビール.日向は強烈に暑いが,パラソルの下に座ると気持ちよく汗が引いていく,というのがヨーロッパの夏.でも,今回は少々暑めでした.

 日曜の朝,プラハに飛び,電車に乗り換えてドレスデンまで2時間の旅となる.まことに不便だが幸いなことに,ブダペストからドレスデンへの直行便はないので,最も早くて安いのがプラハ経由となる.ドレスデンでのホテルはウェスティンベルビュー.エルベ川沿いにある旧市街の名所を川の反対側から眺められる好位置にある.一泊100ユーロと高めだが,素晴らしいホテルです.一番気に入ったのは屋内プール.自分の部屋からガウンを着て専用のエレベータで行ける.プールとジム,サウナまである.会場のコングレスセンターは旧市街の対岸にあり,歩いて15分程度.9日日曜の夜はドイツワールドカップの決勝戦があり,ウエルカムパーティーはコングレスセンターのメインホールにてフランス対イタリアの試合を皆で一杯やりながらの観戦となりました.結果はご存じの通り.でも,それぞれのお国の人がいて,歓声が飛び交っておりました.ちなみに前日の夜はドイツが3位決定戦で勝利したので街中が大いに盛り上がって大変だったそうです.

M2S会議の会場となったコングレスセンター
ドレスデン旧市街の夜景

左から、フラウエン教会、王宮、カテドラル、ツヴィンガー宮殿、ゼンパーオーパー。

 月曜の朝,賞の授賞式から会議が始まる.メインホールは巨大なスクリーンに明るいプロジェクターでとても見やすい.しかしサブの会場が狭く,たびたび人があふれて入れなかったのは残念.ポスター会場も狭かったなあ.おまけに会場に自動販売機(街にもないが)がなく,水もない.会場のバーカウンターではビールも飲めるが会議中なので飲めない(飲めないこともないが).で水を注文すると小さなグラス一杯がなんと2ユーロ.思わず聞き返したが正気のようで呆れる.日本のようにどこでも物が買えるのに慣れてしまうとだめですね.

 私の発表は2日めの3番目の基調講演でした.私のようなものに大変な光栄です.最近話をする機会が増えたので,結構度胸が据わってきたお陰で上手くこなせたと思う.午後は一般講演,ポスターと忙しい一日となる.われわれの研究室で見つかった新しいパイロクロア酸化物超伝導体についてスイスのETHのグループからいくつかの発表があり,そのなかでわれわれの主張と全く異なる結晶構造解析の結果が報告されている.これに関してかなり議論したが,進展は得られず,果たしてどちらが正しいのか困ったものです.でも,議論があるほど盛り上がるので今後が楽しみです.

 3日目の午後はエクスカーションだったが,東北大のY教授に拉致されて昼食というかビールをご一緒して参加し損なう.一人で聖母教会やツヴィンガー宮殿を廻る.宮殿内の美術館で出会ったフェルメールの「手紙を読む少女」とその隣にあった同じくフェルメールの絵に描かれていた黄色の服とグラスに感動する.が,しかし,外はとにかく暑かった.4日目の夜にボードメンバーの会議が開かれ,高木さんがプレゼンし,圧倒的多数で次回の日本開催が決まった.3年後だからまあいいかと思ながらも,いろいろとやることが増えそうです.でも,せっかくやるからには有意義な会議にしたいですね,高木さん.

 さて会議も無事終わりプラハにもどってきました.明日の昼前の飛行機で帰国となります.今は午後9時をまわったところ.カレル橋のたもとのカフェでチェコビールを飲みながら書いています.少し暗くなってきましたが,橋の上ではまだ大勢の人がそぞろ歩いています.暑さの峠を過ぎたようで川面を涼しい風が渡っていく.旅をするのは現実とのギャップを楽しむことだと今更ながら感じます.しかし,最近歳をとったせいか,1週間以上異国で過ごすと食欲が無くなって困る.今晩はトマトスープとビール2杯なり.今回の旅で身につけた生き残り策はスープのみ頼むこと.たいがいフランスパンが付いてくるのでこれで十分.今日のトマトスープは大きなボール一杯でとても味が濃くて美味しい.しばしの幸せに浸るのでした.夜の街に出る元気もなくホテルに戻る.ホテルはちょっと贅沢をしてカレル橋近くのPachtuv Palaceという宮殿風ホテル.オープンしたのは昨年らしいが,古い建物を上手く利用してとてもいい雰囲気を作り出している.ロビーは大きなリビングといった感じ.2つの中庭の廻りにそれぞれ個性的にデザインされた部屋があるらしい.私の部屋はアンティークな調度とモダンな設備が整えられ,広々としていてgood.実は帰りの飛行機で機内誌を見ていたらモーツァルト生誕250年記念の記事が載っており,ぱらぱら眺めているとなんとこのホテルが出てきた.モーツァルトはしばしばプラハを訪れ,この宮殿のもとの持ち主のもとに滞在したそうな.ここで書かれた曲もあると聞いて驚く.知っていたらもっと楽しめたのに,でも,何か得をした気分でした.

 帰国日の早朝のカレル橋にはほとんど人影もなく半袖では寒い.この橋は600年以上前に天才建築家ペトル・パルレーシュによって建てられ,幾度もの洪水にもめげずに当時の姿のままたたずんでいる.彼の創った宮殿の大聖堂にも足を延ばしたが,見事なゴシック建築に感動した(写真左上).最近,あちこち廻りすぎて感動が無くなっていかん,と思っていたが,やはり,本物に出会うと感激するものです.世界中から多くの人がここプラハに集まるのも納得である.

 さて,帰りの飛行機の中で最後の仕上げ中.例によって今回の「出張」をまとめようとするが,今一,うまい切り口が見つからない.東欧といっても昔と違って今はヨーロッパであり,社会体制の大きな違いはない.しかし,他のヨーロッパの国と同じように国ごとの個性があって面白いですね.ハンガリーは美人が多い.はっとするような女の子が限りなく薄着でバスに乗り込んでくると,思わず写真撮ってもいいですかと聞きたくなる(もちろんそんな勇気はない).温泉とナマズスープの国(かなり偏った見方だな).もう一度来ることがあったら,是非ファゼカシュさんと一緒にハンガリーの田舎を車で廻ってみたいものです.もう一つ,土産に買ったトカイワインが楽しみだ.甘いブドウの量によって,0〜6プトニョシュのランクがある.プトニョシュとは背負うバスケットのことらしい.ボルドーのソーテンヌは有名な貴腐ワインだが,トカイもデザートワインとして有名です.昔は甘いワインなんてと思っていたが,あるレストランで飲ませてもらったソーテンヌに,こんな種類の純粋な甘さがあるのか,と驚いたことがある.果たしてトカイワインはどうでしょうか.

 ドレスデンはチャーチルによって破壊された街である.今はすっかり復興され,多くの観光客で賑わう.夕方,エルベ川の河川敷を自転車で走り抜けるおじさんやローラースケートを楽しむ若者,ゆっくりと並んで歩く老夫婦の姿を眺めていると,ヨーロッパ特有のゆったりとした時間の流れを感じる.この豊かな夏の時間の裏にはもちろん厳しく暗い冬があることを忘れてはならない.われわれ旅行者は夏にばかりヨーロッパを訪れてその有り難さを享受するのであるが,真にその価値を理解するには定住する以外にない.でも,部外者としてでもその一辺を楽しみたいものである.何もまとまっていないが,得にまとめる必要もなく,長くなったのでこの辺で止めます.では,また.  2006年7月20日 Z