S−RIO会議に参加して

 ブラジルは実に遠い。北米経由で24時間を飛行機中で過ごし、乗り継ぎ時間を合わせると30時間もの旅である。今回、第7回のMS会議(正式にはSeventh International Conference on Materials and Mechanisms of Superconductivity and High Temperature Superconductors)に出席するため、2003年5月24日から1週間ブラジルのリオデジャネイロに滞在した。その期間中にある方からメールを頂き、会議報告を書く任務を仰せつかった。大変光栄なことであるが、私がその適任者とはとても思えない。しかしながら、せっかくのお話なのでお引受し、好き勝手なことを書かせていただくのでご容赦願いたい。ちなみにこの原稿は帰りの飛行機の中で書き始めた。成田に着くまでに第一稿を書き終えることができるといいのだが。
 さて、今回のリオでのMS会議は高温超伝導発見直後のインターラーケンでの会議から数えて7回目となる。今回の会議の特徴を一言で表すと「混乱」であろうか。イラクでの戦争とSARS災の影響をもろに受け、開催間際になって招待された大物の出席取り消しが相次いだため、プログラムが直前まで決定されなかった。会議5日前にメールに添付されて送られてきたプログラムによると、私の発表は火曜であったが、翌日ホームページにアップロードされたプログラムでは木曜となっていた。万事がこのような混乱の中で進んだが、その原因の一部には主催者側の不手際とブラジルのおおらかな国民性もあったように思う。しかしながら、この困難な時期にしては多くの人が集まり、それなりに有意義な会議であった。ちなみに全参加者数は572名でそのうちアジアから119人の参加があったそうである。
 リオデジャネイロはすばらしい街である。ブラジルは5−7月が冬であるが、それでも日中陽が射すと十分に泳げる暑さとなる。しかし、いったん日陰に入ると過ごしやすく理想的な天候であった。会議の行われたインターコンチネンタルホテルは、有名なコパカバーナやイパネマビーチから少し離れたところにあるリゾートホテルである。会議に集中するには最適な場所であるが、ビーチで楽しみたい人にはちょっと淋しいところでもあった。会議前日のウエルカムパーティーはホテルのプールサイドで行われ、いきなり当地で有名な宝石屋さんの宝石ショウ(見上げるような女性たちがきらきらに着飾って)があったりして盛り上がりました。
 会議の内容について以下に。正直言って会場にいるよりプールにいる時間の方が長かった(もちろん冗談)私のような人間には会議のまとめ的な報告は書けないが、幸い、最後にすばらしいサマリートークがH. Takagi, O. Fisher, M. Randeria氏らによってなされたのでこれをベースに私感を書きたい。物質では前回のヒューストン会議後にMgB2を始めとして多くの非銅酸化物超伝導体が発見され、全体の約3割の発表が銅酸化物以外についてのものであった。今回、秋光先生がこれまでの数多くの超伝導体の発見によりB. Matthias Prize Awardを受賞されたのは大変喜ばしいことである。初日に行われた先生のご受賞講演は他の人にはまねのできないジョークと含蓄を含んだものであり、会場は前代未聞の盛り上がりを見せた。さて新物質として特に興味を引かれたのは、会議直前に報告されたNaxCoO2・yH2Oである。発見者の高田氏による招待講演の他にヒューストンから実験報告が一つとBaskaranが理論からの興味を述べた。また、ルール違反ではあるが、Cavaが彼の本来の講演題目を無視しこの系についての報告を行った。この物質は熱電材料として注目されているNaxCoO2からNaの一部を取り去り、かつ、CoO2層間に水を入れることによって超伝導性が発現するというものである。化学として面白いことには、室温でも乾燥していると水が飛んでいき、電気抵抗が上昇して超伝導相が消え、再び加湿すると元に戻って超伝導性が復活する。高感度な湿度センサーとして使えるかも。Tcは約5Kと低いが、その超伝導には非常に面白い物理があるように思える。ヒューストングループはTcの圧力効果を調べ、常圧の4.7Kから1.5GPaで4.2Kまで徐々に下がると報告した。CavaによるとNaの最適組成は0.3であり(高田氏は0.35で超伝導性を報告している)、わずか0.05の増減によってTcが下がって超伝導性が消える。BaskaranはNa組成が1/4と1/3において三角格子上に電荷秩序が形成される可能性を示唆し、これが超伝導と拮抗してTcを押さえているのではないかと推測した。この系の超伝導をスピン1/2のCo4+に30%電子ドープをした結果と考えると、銅酸化物との類似性がいくつか浮かび上がってくる。CoO2層での電荷秩序に基づく不安定性が本当ならば、CuO2面における1/8問題との関連も予想される。三角格子と正方格子を舞台とした強相関電子系という意味で両者の比較は興味深い。今後の展開が大いに期待できそうであり、また、楽しみである。
 この物質の発見者である高田氏は固体電池の専門家であると聞く。われわれのこれまでの試料合成法の延長からは見出し得ない新物質であり、このような発見が日本からなされたことはすばらしいことである。しかしながら、その第一報が今年3月のNatureであることを考えると、米国での追試はそのデータ量から考えてもあまりに早すぎる。昔の超伝導フィーバーの頃や最近ではMgB2でもそうであったように、Natureからのリークを疑わざるを得ない。残念なことである。
 高温超伝導の物理という観点で一番参加者に受けたのは図1に示した会議のロゴであろう。これはポン・ジ・アスーカルという巨大な奇岩をモチーフにしたものであり、その頂上からリオの街を一望できる(会議にまじめに出席していたために観光できず残念)そうである。この巨岩が磁石の上に浮いているのであるが、実はその形が超伝導の電子相図を表していたというのが「落ち」である。おまけに両側の2つの岩にはロープウェーがかかっており、遠くから見るとかすかにその線が見える。岩山の稜線に比べれば実に頼りない線であるが、まあ、あるにはあるのだろう。相図を理解する事は超伝導の機構を知る上で重要であるため、これまでずっと議論が行われてきた。しかし、個人的には最近の流れに少し違和感を覚えている。以下に物理のわからないバカな化学屋の独り言を書きたい。現在、高温超伝導の本質はアンダードープ領域にありという議論が大勢である。最近の最も大きな話題はこのアンダードープ領域での擬ギャップや不均一性であろう。そこで電子的な相分離が起こっていることが示唆されている。しかしながら、もし、相分離を認めてしまえば、相図上で平均ホール数に対してTcやその他の物理量をプロットする事は無意味となる。一般に状態図において2相分離が起こればそこでの物性は複雑になり単純には理解できない。話の論点は少し違うかもしれないが、Laughlinが最初の基調講演でGossamer superconductivity(超伝導電子密度が小さく、蜘蛛の巣のようなフェルミ面で起こる超伝導?)という言葉を用い、そこでは実験と理論の間には大きな壁があって、実験からは何もわからない(言い過ぎ?)という話をされたのは印象的であった。一方、オーバードープ領域には明らかに均一な超伝導相が存在している。確かにモット絶縁体にホールドープして超伝導、というシナリオは魅力的に聞こえるが、この辺で少し見方を変えてみるのも一興ではなかろうか。
 さて、私自身は今回パイロクロア酸化物超伝導体Cd2Re2O7について報告した。この系はTcが1Kと低いが、パイロクロア格子上の伝導電子に特有な電子的不安定性が格子の自由度とカップルして面白い物性を示す。一方、最近始めた光キャリア注入についてもポスター発表を行った。これはチタン酸化物基板と遷移金属酸化物薄膜からなるヘテロ接合に紫外線を照射し、基板で生成された光誘起ホールを薄膜に注入することでその物性を制御しようという試みである。まだ、海のものとも山のものともわからないが、うまくいけば光で超伝導をスイッチできるかもしれない。今後の進展に乞うご期待。
 会議ではもちろんさらに多くのテーマについて発表が行われたが、私の不勉強ゆえここでは割愛させていただく。次回のMS会議は2006年にドイツのドレスデンと決まった。サッカーのワールドカップの年である。ギリシャのマルタ島の可能性もあったと聞き、会議以外の楽しみを考えると少々残念である。これから3年間、高温超伝導の研究はどこへ向かうのであろうか。私個人としては、是非、世間(特に秋光先生)があっと驚くような面白い物質を見つけてドレスデンに乗り込みたいものである。