オルセー紀行2010

 今回はオルセーへの短い旅です.全く書く気はなかったのですが,帰国便の中,あと3時間で成田に着く段になって,ふと思い立って書き始めました.1月21日の昼過ぎにシャルルドゴールを出発して8時間後,よく眠れたので気分はいい.今回は何を主題にしようかと思いながら,どうせ大した文章ではないのでいい加減に思いつくまま書こう.

 オルセーはパリの南西,RERという電車のB線で30分ぐらいのところにある.そのまま乗っているとパリの北東にあるシャルルドゴールまで1時間10分.まあ,便利である.いつものようにパリで飛行機を乗り継がないですむので随分楽だ.オルセーにはパリ大学の11番があり,自然科学の大きな拠点になっている.フランスではグルノーブルに次ぐ規模らしい.今回の目的はオルセーの固体物理研究所?で開かれたカゴメに関するワークショップに参加すること.二日半の短い会議に欧米から50人ほどが集まり,カゴメ格子反強磁性体という,極めて限定的な話題について議論が交わされた.1月17日の日曜に着いて月曜から水曜のお昼まで,木曜には帰国というハードなスケジュールにもかかわらず,結構楽しみました.ただ,日本からは私一人だったので,ちょっと寂しかったが.会議の主催者は,Philippe Mendels教授.フラストレーションという変な物理の分野で有名な実験家である.旅費,滞在費を出すから来いと言われると断りにくく,木曜の所員会をパスしてまで(ふふふ),喜んで飛んできた.ちなみに全部面倒をみてくれるというのは滅多にありません.

 オルセーは小さな町であり,その端のホテルに泊まる.小さなキッチン付きで広くて快適.会議会場までは歩いて10分だが,途中にスキーが出来そうな坂がある.雪が降ったら間違いなく滑り落ちるだろう.1月のパリは寒いはずだが,意外と寒くない.先週は寒波だったようだが,今週は霧と小雨に晴れ間少々.

 さて,カゴメって何?と思われるだろうが,竹で編んだ籠目である.あれ,よく見ると,三角形が頂点でつながって規則正しく並んでいる.これを平面に伸ばしたのがカゴメ格子であり,その各頂点の上に原子やスピンを並べると楽しいことが起こる,か,楽しすぎて何も起こらないと期待されている.マニアックな世界であるが,統計力学的には大変重要で未解明のテーマであり,最近,特に流行っているのである.前にも書いたが,研究には必ず流行があり,いくつかの条件,例えば,研究対象となる物質とか,特殊な実験技術の進歩とか,新しい理論とかが旨く揃ってくると大きな成果に結びつくものである.つまり,機が熟す,であり,フラストレーションの物理は今まさにそういう状況にある.結果として,カゴメだけのために大勢の人がパリに集まるなんていうことが起こる.今回の会議は理論家の方が多くて,頭が付いていかなかったが,まあ,物質屋はそんなものだと開き直ることが大事,かな.私の研究室では,昨年,学位を取った吉田紘行君と助教の岡本佳比古氏が頑張ってカゴメの研究を行ってきた.特に銅の鉱物であるボルボース石とかベシニエ石とか,面白い物質の研究に熱中している.私の役目はただの宣伝だが,まあ,これも大事なので世界中飛び回っております.

 研究の話はこれくらいにして,いつものように飯の話.会議中は全部食事が付いているので逃げ出せない.昼はみんなで近くのスポーツクラブのレストランに行くが,なかなかまともな食事が出る.1日目は魚,二日目のチキンは美味しかった.ちゃんとデザートまで付いてワインもある.観察すると,半分の人は飲んで半分は飲まない.私はもちろん少しだけ飲む.日曜の夜のウエルカムパーティーは眠たくてパス.月曜の夜はポスター&ブッフェだったが,これも眠くて眠くてパス.火曜は会議後,パリ市内まで出ていってバンケットだったが,夜の8時から始まるので終わるまで起きている自信がなく,これまたパス.さすがに3日続けて夕食を抜けないので,近くの店でワインとバケットサンドを買ってくる.お陰で毎晩9時前には寝ていて,朝5時に起きても睡眠時間がたっぷりとれたので,これまでになく快調.結局,いつも昼間の会議より,夜のイベントで疲れ果てるのかもね.ちなみに,パリのレストランで行われたバンケットは料理が今一で不評だったようです.パスして正解だった.

 もう一つの晩飯は,最終日の夜.これはすばらしかった.昔からの知り合いのRevcolevschiさんが突然連絡をくれて,ディナーに連れて行ってもらった.彼はここのボスだった人で今は半分引退しているが,まだ研究を続けているらしい.もう一人,かつて高木研にいたドラコさんも一緒に,ルクサンブルグ公園近くの彼の馴染みのレストランに行く.大きなヒレについた身だけを食べる何とかという魚(エイかな?)を食べたが,あっさりしていて美味でした.デザートのホットチョコレートかけアイスクリームも完璧.話も盛り上がってとても楽しくリラックスした一時が過ごせた.Revcolevschiさんに大感謝です.食事前に久しぶりに歩いたパリの街並みも幸せにプラス.ノートルダムは相変わらずどっしりしているし,夕暮れに輝くカフェのネオンも美しい.土産にと,La Maison du Chocolatのお店を探し,買ってきた信じられない値段のチョコは女性陣に大好評でした.

 最後にちょっとしたトラブルと教訓を少々.パリに出ていくときに乗った電車の中で,中学生ぐらいの数人が通路を歩いてきて,うち一人が途中で立ち止まる.駅に着いたところで他は降りるが,こいつは降りずにじっとしている.と,突然,近くの女性の携帯電話を取り上げ逃げ出そうとするが,隣の若い男に体当たりされ,こっちに吹っ飛んできたのでびっくり.幸い,携帯は取り返され,悪ガキは仲間が無理矢理こじ開けているドアから逃げていった.かなりやばい.どこにも悪党はいる.用心せねば.

 次は帰りの空港.早めについてチェックインしようとカウンターに向かうと何やら様子がおかしい.機関銃を持った兵士が並んで,立ちはだかっている.無視して通ろうとすると,何か不審な荷物が見つかったのでダメだとおっしゃる.なんだって,いつまで?知らんとつれないお答え.一体どうなるのか不安のまま30分ほど待たされ,ようやく解除となりました.世の中何が起こるか分からんね.

 さて,今回は短い旅でしたが,継続は力なり,ということで,それなりに書いてみました.今年はすでに,ドイツ×2,イタリア,ベトナム,アメリカと外国行きの予定が目白押しです.特にイタリアは鬼門のトリエステへの再挑戦です.あれから3年経ったので,まあいいかと思い招待を受けましたが,果たしてどうなることやら.これについては必ず報告します(生きて帰ったら).じゃ,また.

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