国際会議の四方山話
国際会議の四方山話
2012年2月26日、今年初めての飛行機に乗っています。お供はiPad、行き先はロンドン郊外にあるISISという中性子実験施設、目的はカゴメ鉱物の磁場下中性子非弾性散乱実験。ポスドクのヨーランと海外初体験の修士1年の石川君はすでに現地入りして一昨日から実験を始めている。開始2日前になって、使う予定だったクライオスタットが故障し、予備のクライオスタットも温度が下がらないなどと、相変わらずのトラブル続出で今頃はどうなっていることやら。せっかくもらった貴重なマシンタイムを有効に使えるといいのだが、結果は後で触れましょう。
さて、二週間前に買ったこのiPadをいかに使いこなすかが今回の旅のもう一つのテーマである。ずいぶん迷ったが、いつも持ち歩いているMac Book Airは家においてきた。iPadのみでどこまで快適に旅をできるかである。まだ慣れていないのでiPadのポテンシャルはよくわからないが、結構楽しくていい感じだ。最低限の条件はこの四方山話をストレスなく書けるかどうかだが今のところ悪くない。満員のエコノミーシートで扱うにはちょうどいい大きさ。キーボードが明るい画面上にあるので暗い室内でも問題なし。PCは画面を開いた時に前の座席を倒されるとつらいのだが、その心配もなし。ちなみにこのANAの座席は前が広くて悪くない。おまけにリクライニングは後ろに倒れるのではなく座席が前にシフトするタイプ。つまり前の座席の背が倒れてくることはない。ついでに昼御飯も結構美味しかった。しかしエコノミーは所詮エコノミー。持病の腰が痛くなって困る。先発隊は二人ともJALのプレミアムエコノミーにアップグレードされたそうだ(なんと、帰りの便でも)。うらやましい。
話はそれたが、このバーチャルキーボードも慣れれば問題ない。音がしないのは(大きな声では言えないが)内職にはうってつけ。画面を開かないので周りの注意を引くこともなく。メールやインターネットはもちろん問題なし。pdfの論文を読むのも快適だ。Notes Plusというソフトを使うと、わからない単語を日本語辞書で調べながら読み進めることが可能。素晴らしい。おまけに手書きで下手な字を書き込める。ただ、acrobatの編集機能のようなものがないのはさびしい。そして、おそらく最後に残る問題はパワーポイントではなくキーノートでプレゼンをすることだろう。今更パワーポイントからは離れられそうにないので、その間の折り合いがどの程度現実的かである。今回はトークをすることはないのでiPadのみで問題ないが、今後いろいろと試してみないといけない。
離陸して6時間、さらに6時間後にヒースローに着き、ISISからのタクシーが出迎えてくれる予定。冬のイギリスはどう考えても夏のブラジルとは違うのであまり楽しい話は書けそうにないが、まあ、iPadの練習にお付き合いをよろしく。
月曜の朝から今回実験を行っているLETという冷中性子散乱実験装置に赴く。最初のトラブル以降、実験は順調に進んでいる。何をやっているかというと、大量の粉末試料を思いっきり冷やしから磁場をかけ中性子をぶち当てて跳ね返ってきたやつを一つずつを調べている。はじめに飛んでくる中性子の数はやたら多いのだが、欲しい情報を持って出てくるやつはとても少ないので、長い時間辛抱強く待たねばならない。といっても、装置が勝手に数えてくれるのであるが。今のところ期待していたほどドラマチックなデータではなさそうだけれど、それなりに重要な情報が得られるだろう。ちなみに、このLETという装置はこの種の実験では世界最高性能を誇っているらしく、マシンタイムをもらった以上、ちゃんと結果を出さないと叱られるのである。ヨーラン君、解析よろしく。
ISISはラザフォード・アップルトン研究所の中にあり、ロンドンの西に車で一時間、オックスフォードの近くにある。町からは遠く離れており、周りにある小さな村のパブ巡りが夜の日課となる。初日に行ったEast Hendred村にあるパブはイマイチだったが、2日目のThe Eyston Armsは素晴らしかった。料理は国籍不明だが、イタリアンっぽいパンは美味しかったし、鹿のステーキも柔らかくて文句なし。もちろん地のビールも合わせて楽しく食事をしました。ちなみにパブまでの往復はISISと契約しているタクシーがただで運んでくれる。実にありがたい(あとで中性子をご専門で物性研Y研究室の某K女史に図々しいと叱られたが)。何でも近くの町に二つのタクシー会社があるらしく、一度、一方の社長ハロルドが送ってくれた。80近いおじいちゃんで、とてもゆっくり運転し、最近の若い奴らはとぼやいていた。ヨーランはちゃんと理解して達者に話すのだが、こっちはほとんど聞き取れない。ヒースローから運んでくれた運転手も何を話しているのかさっぱり。困ったもんだ。
測定が順調に進んで火曜日の午後に空き時間ができたので、三人でオックスフォードに足を延ばした。実に20年ぶりである。街を歩き、アシュモリアン・ミュージアムのテラスレストランでクリームティー(スコーンと紅茶、軽めのアフタヌーンティー)を注文し、パブを二つハシゴして戻る。初日に1パイント、2日目に2パイント、今日は3パイントのビールを飲んだ。ちなみに、1パイントグラスはここでは570mLである(米国では470mLらしい)。明日は4パイントかと思いきや、K女史お薦めのインド料理屋Dil Rajでインドビールを2本とあいなりました。
突然だが、お天気の話。来た日は晴れだった。日本よりずっと暖かい。翌日からどんよりとした曇り空。夜は冷え込む。宿舎の話。ラザフォード・アップルトン研究所の入り口向かいにあるRidgeway Houseに泊まっている。朝飯はバイキングだが、ちゃんとイングリッシュブレックファーストである。三日目の朝、μSR実験に来ている日本人の知り合いに出会う。翌日の朝にはさらに数人の知り合いとばったり顔をあわせた。震災の影響で優先的にマシンタイムを分けてもらっているのだそうだ。ISISには理研の装置もあるし、日本にゆかり深い装置もある。玄関には日の丸もはためいている。
実験が順調に終了し、ロンドンに立ち寄って帰国となった。金曜にロンドンカレッジで人と会い、土曜は夕方の出発までの時間を利用してこちらも20年ぶりのロンドンを歩きました。セントポール大聖堂のiPhoneによる解説は様々な説明が実に分かりやすくて、歴史の一コマに入っていけるような気がする。1981年にここで行われたダイアナ妃の結婚式の映像まで見ることができる。大英博物館ではあまり時間がなかったけれど、同様のメディアプレーヤーがミイラの名前から彼女が生きた時代まで説明してくれて実に楽しい。自前のシュアのイヤフォンを使って音声を聞いていると周りの雑音がきれいに落ち、1人静かに古代のロマンに浸ることができる。これお薦め。人であふれかえるBorough MarketのRoast to goという店に並んで美味しいポークサンドイッチとホットサイダーを買い、テムズ川を眺めながら遅いランチタイムを過ごす。ロンドンを出発する数時間前に空が晴れ渡り、美しいテムズ川の景色に出会うことができた。
今回はまったくトラブルというほどのものはなかったけれど、ヒースローの荷物チェックで引っかかり全部中身を開けて調べられた。もちろん爆弾もヘロインも見つからない。結論は土産に買った英国王室御用達Charbonnel et Walkerのチョコレートが怪しく見えたらしい。腹が立ったので係員に、お前たちが作ったもんだろうと言ってやったら苦笑いしていた。全く迷惑な話である。
帰りの飛行機の中。非常口席が空いていたので窓側をとっていたが、また例によって小さい子供と赤ん坊の鳴き声に悩まさせるかもと変更すべきか悩んだ末、そのままに。このANAの機体なら非常口席に坐るのは得策ではない。空いていると思って油断した結果、案の定、子供連れさんが並びに。しかし彼らは静かだった。問題は隣の若い日本人の女の子とその隣の中年のイギリス人。もちろん初対面で座っていきなり話を始め、3時間以上ずっと話し続けた。FAのお姉さんの声が聞き取れないほどのハイテンションと大声で。ボーズのノイズキャンセリングフォンは単調な騒音には効果的だが、話し声にはめっぽう弱い(そういうふうに作られている)。さすがにお疲れになって静かになったが、全く迷惑な奴らである。
去年の1月にヨーランが研究室にやってきてから早くも14ヶ月が過ぎた。震災とその後の2ヶ月におよぶ京都疎開、夏に延期されたILLでの中性子実験が珍しい原子炉のトラブルにより失敗と終わったりと不運が重なったが、ヨーランもそれなりに有意義な日々を送ったようだ。わが研究室にとっても初めての外国人ということで心配もあったが、彼の人柄と優れた研究能力のおかげで周りに大変よい刺激を与えてくれたと思う。私自身も彼との相互作用を大いに楽しむことができた。こうしてたびたび中性子実験に参加できるのもすべて彼のおかげである。ヨーランは3月20日に日本を発ち、グルノーブルのILLで中性子のビームサイエンティストとして新たな道を歩むことになる。幸いなことに向こうに移っても共同研究を続けることができるだろう。是非頑張っていい仕事をしてほいしいものである。
大学の研究室でも3月は卒業の季節である。ヨーランとともに小野坂君が就職し研究室を去ることになる。彼は新しいラットリング超伝導物質の研究により、見事に修論発表賞を受賞した。彼の研究成果はすでに論文として出版されており、さらに今後の発展も期待されている。これから全く違う分野に進むことになるが、新たな気持ちで頑張って欲しい。研究でも何でも同じであるが、一生懸命頑張って苦労してはじめてその面白さがわかってくるものである。ヨーランと小野坂君の新天地での活躍を祈りたい。 Z
iPadとロンドンへ
2012年3月6日火曜日