国際会議の四方山話
国際会議の四方山話
最近、この手の話が多すぎるとお怒りの諸氏のご批判にめげず、2012年6月末に今度はパリ行きの飛行機に乗っている。目指すはフランスの西、大西洋岸に位置するボルドーである。言わずとしれたワインの大生産地であり、数々の有名なワインを産み出してきたフランスワインの聖地である。かつてシャトーマルゴーをこよなく愛した文豪ヘミングウェイは孫娘をMargaux Hemingwayと名付けた。マーゴ・ヘミングウェイは女優として活躍し、祖父が自ら命を経った35年後の同じ日に睡眠薬自殺を謀り、42歳の短い命を絶った(何の関係もないインターネット知識)。マルゴー村はボルドーの北、ガロンヌ川の西岸にあり、カベルネ・ソーヴィニヨン主体の重いワインを産み出す。17年前に訪れた時、シャトーマルゴーを一本買ってそのまま持ち続けているが、恐れ多くて飲む気になれない(管理が悪いので腐って酢になっているのが恐ろしくて開ける気になれない、と言うべきか)。今回の旅の目的はボルドーで開かれるSPSSM-4という会議に参加することである。2年前にシュツッツガルトで参加した会議(「ヴェネツィア再訪」参照)の続きであり、その時に次回のボルドーの主催者であるアントアンさんに招待するからと誘われたのである。固体化学者を中心に応用の人まで入っていてテーマの範囲は広く、前回のフラストレーションにフォーカスした物理の会議とはずいぶん趣が異なる。違う分野の話を聞いて、逆に話を聞いてもらって研究の幅を広げる良い機会でもある。フラストレーション会議に参加できなかった岡本氏も一緒だ。さて、どんなことになるか楽しみです。
ガロンヌ川に架かるピエール橋とボルドーの街並み。サンミシェル礼拝堂の塔の上から。
ボルドーを最初に訪れたのは20年以上前である。師匠であった高野先生に友人のグルニエさんを紹介してもらってボルドー大学を訪れた。午後からセミナーをすることになっていたにもかかわらず、調子にのってランチに出されたワインを皆さんと一緒に飲んでしまい、ひどく眠くなって冴えない発表をして自責の念に沈んだのを思い出す(若気の至りというやつ)。シャトーマルゴーを買ったのはその後、ベルギーのアントワープに一年滞在していた時に休みをとってフランス一周をした時だった。上の娘が3歳、下の息子が1歳で、中古のBMWにお米と海苔と炊飯器を積んでの長旅だった。あれから随分時が経ったものだ。
最近乗るANAは気のせいかいつも満員でしんどい。お隣にはなぜか中央大学でロボットをやっている学生さんが座っている。これからローマの会議に行くそうだ。ワインの話を書いていたら無性にワインとチーズが食べたくなってお願いしたけどさすがにエコノミーでチーズは出てこない。ワインもPays D'docの赤。まあ、悪くはないが。さて、美味しいワインは飲めるかな〜。
ボルドーへの乗り継ぎ便にて。今回のANAーAirFrance乗り継ぎはアライアンスが異なるので大変だろうなあと思っていたが予想以上に困難を究めた。まず、第一に成田で乗り継ぎ便のボーディングパスを発行してくれない。通しのチケットを売っておいてそれはないのではと言いたいところだが仕方ない。シャルルドゴールにはAFのカウンターが沢山あるから簡単だと言われたがとんでもない。確かに乗り継ぎ途中に自動発券機は一杯あるが、パスポートもEticketのバーコードでさえ読み込んだ末にそんなチケットはないとおっしゃる。仕方なく人がいるカウンターを探すが、いったん外に出ろと言われ、振り出しに戻る(後で聞い話だが、第1ターミナルで探せばよかったらしい)。ANA便が到着した第1ターミナルからバスを2つ乗りついで第2ターミナルについた頃にはすでにボルドー便出発まで残すところ1時間となっており、焦って向かったカウンターは予想通りの行列だ。残り30分となって係りの人に泣きつくと、幸いにもまともな人で即ボーディングパスを渡してくれた。ゲートに着いたのは15分前、ぎりぎりセーフであった。飛行機に向かうバスにはすでに京大のK氏が乗り込んでおり、ホッと胸をなでおろしたのでありました。ボルドーに飛行機で行くにはパリ経由しかなかったのでこうなったが、次があったらTGVにしましょう。夜8時過ぎに疲れ果ててホテルに辿り着く。
6月24日、今日は日曜日。朝からスッキリ晴れて暑くなる。午前中に明日の発表準備を済ませてから、夕方のウエルカムの前に散歩に出かける。強い日差し、涼しい木陰、サングラスの人々、いつものヨーロッパの初夏の風景だ。昨夜の疲れも感じず悪くない。ガロンヌ川まで歩くと川沿いには大掛かりなテントが並んでいて、もうすぐ始まるワインフェスティバルの準備の真最中。木曜日の夕方にはきっと盛り上がるのだろう。ウエルカムパーティーが開かれる劇場まで歩いて、向かいの高級そうなホテルRegentのカフェでエスプレッソを。オマケに小さなマドレーヌが3つも付いてきて3ユーロはうれしい。が、こうしてiPadで文章を書くのに気を取られていたら、最後の一個を子スズメに取られた。自分の体の半分ぐらいの大きさなのに見事なホバリングでカップの中から引っ張り上げて盗んでいった。通りすがりの老夫婦がマドレーヌに群がるスズメたちに気が付き、僕を見てにっこり笑ってくれる。みんなが喜んでハッピーである。もう一つハッピーなのはこのiPad。こんなに強い日差しの中なのに問題なく書ける。おまけに暑いせいかいつまでたってもバッテリーが100%と減らない。実に快適である。
ランチのレストランを探して街中をふらふら歩き回り、サン・ミシェル礼拝堂に辿り着き、尖塔の螺旋階段をひたすら登るに足がつる寸前に頂上に登り着く。情けないことに筋肉が引きつってしばらく降りられない(この時の筋肉痛がボルドーにいる間ずっと残っていた)。高い塔の上からボルドーの街を見渡すと、近くに市場らしき建物を見つける。ここで昼飯だと思い、さらにひたすら歩くが、マルシェはすでにほとんど終いかけていて、唯一ものすごく繁盛している屋台風のお店では皆さんが美味しそうに牡蠣を白ワインで食している。何とも羨ましいことか。しかし、とても入り込めそうな隙間はなく諦めてホテルへの岐路を歩き始めると、急に視界が開けて大きな広場に行き着いた。ここはヴィクトワール広場。気に入って周りのカフェの一つに座り込んで遅いランチを食べました。エビのサラダ。串刺しのエビが14匹と山盛りのレタスにサーモンとパイナップル。結構まともで美味しかった。もちろん白ワインも忘れずに。日本にもこんな場所があればいいのにとつくづく思う。夕方、再びウエルカムの行われる劇場のカフェに向う。オレゴンのマスやプリンストンのカバに会って旧交を深める。カバがハグしてくれたのにはちょっと感激。軽いつまみにキャップのワインでも十分であった。
月曜の朝から会議が始まる。なぜか最初のセッションは英国・スコットランド連合、2番目はスペインばかり。ランチは会場の外のスペースにとてもまともなオードブルと食事が並び、もちろん、ワインも揃っている。さすがに午後一で話をするので水で我慢するが、大学内でこんな優雅なランチなど見たことがない。さすがボルドーである。明日は飲むぞと心に決め、カゴメの話をしました。その後は完全にエネルギー切れで眠り込んでしまったが、K氏のトークだけは面白く聞かせてもらった。ヨーロッパの連中の中には古いテーマを延々とやっている奴も多いが、K氏のように日本の研究は質が高くて素晴らしい。しかし疲れた。
夜はみんなで劇場近くのChapeau rougeというカフェに行く。半分日本人のフランス人CT氏と一緒に食事を楽しむ。注文したポムロールのワインはデキャンタに注がれる。初めての経験だ。そんなに高いレストランでもないのにさすがボルドーである(2回目)。10時を過ぎても明るい空を眺めながら楽しいひと時を過ごした。
さて、その後忙しくて書く暇もなく、土曜日の朝10時、再びヴィクトワール広場のカフェにて。これからホテルに戻って帰国の途につく。今朝は早く起きてマルシェを冷やかしてきた。当地の人々の生活を感じるにはいい場所である。カフェの目の前、広場の中心には妙にねじれたオベリスクが建っており、そこから劇場広場まで延びているサントカトリーヌ通りの入り口には巨大な門がそびえている。さて、この広場を眺めながら、ここ数日何があったか思い出して書きましょう。
火曜日、ランチにもちろんワイン。不思議なことにちゃんと午後も起きていて真面目に会議を聞く。夕方からポスターがあり、そこでもビールがふるまわれる。何だか飲んでばかりいるみたいだが、ちゃんと人と話をして、サイエンスの議論もやっているのでご心配なく。ナントから来たオヤジやノルマンジーの面白いフランス人とも仲良くなる。何人かの学生さんが自分のデータの解釈について質問をしに来てくれた。正直言ってあまりレベルの高い質問ではなかったが、何か役に立てれば嬉しいものだ。
ビールをついてくれる主催者のアントアンさん
ここボルドーはかつて固体化学の中心の一つであった(今は違うと言いたいわけではないので誤解なく)。その伝統はハーゲンミュラー先生(20年前にお会いした時にはドイツ軍の将軍かと思った。まだお元気のようである)、プシャー、デマゾウ先生(高野先生がお世話になった)からグルニエさんへと受け継がれ、現在でも活発に研究が続けられている。今回、ランチ中にプシャー先生からお声をかけていただいた。すでに退職しているがオフィスはキープしておられるようだ。ずっと昔の出来事をとつとつと話されるのが印象的だった。
水曜はプリンストンから来た昔馴染のカバの話を聞く。全般的にまともな話となんだこりゃという話がごちゃ混ぜになっている。もちろんカバの話はまともだ(誤解なきよう)。午後のセッションが終ってからみんなでバスに乗り、お楽しみのサンテミリオンのシャトー・フォンブロージュに行く。サンテミリオンはボルドーの東に位置する村で、メルロー主体のワイン造りをしている。フォンブロージュは10年少し前にオーナーが代わって良くなったらしい。ネットで調べた値段は当たり年の2005年が8,000円もする。美味しかったらまとめて買って帰ろうと意気込む。
サンテミリオンとシャトー・フォンブロージュでのバンケット
この日は朝から晴れて気温は36℃となりとても暑い。サンテミリオンの石畳道はじっと熱く、それでも涼しい巨大な教会の中で神様とお話してからシャトーへ。しかしながら、はっきり言ってシャトーのワインも料理も今一だった。フランス人に尋ねると、ここのオーナーは世界中に(日本にも)ワイナリーを持っていて有名人らしい。ボトルに顔写真まで出している。そのせいか、かなり嫌われているようだ。ちなみにサンテミリオンの村中のワインショップはどこも扱っていなかった。食事に出されたワインは今三で、ナントのオヤジはあれはスーパーで買ってきたものだと怒っていた。まあ、バンケット会場がやたらと暑かったのも文句の出る理由ではあったが。しかし旧友達とそれなりに雰囲気を楽しみました。ホテルに戻ったのは深夜、12時を過ぎていた。
木曜日、前日の疲れをものともせず、朝一のサブラマニアンの話を聴く。彼は最近素晴らしい青色塗料の材料を見つけたらしい。赤以外はどんな色でも出せるそうだ。おまけに彼の青色材料は赤外線を反射するという驚きの性質があると。本当なら世界中の家の屋根が青くなるかも。昔からいい仕事をしているが、大した奴である。見習わねば。
木曜夕方からワインフェスティバルが始まる。入場券も会議のサービスで、赤いポーチにマイグラスとワインのチケット15杯分が入っている。これで15ユーロとはとても良心的である。会場のガロンヌ川岸に行き、沢山のテントを渡り歩いてワインのはしごを楽しむ。ボルドーの生産者や地域がそれぞれテントを構えており、赤から白まで様々な種類のワインを楽しむことができる。生ハムにブタのどこかの唐揚げと焼きチーズのせパンも一緒に。通訳が同伴しているので何かと便利で有り難い(彼はテントの人に、おまえは日本人バイヤーの通訳かと聞かれたそうである)。午後11時になってようやく辺りが暗くなると、円弧状に建ち並ぶ立派な建物をスクリーンにして映像と音楽のショウが繰り広げられる。さすがにフランスらしい洒落た雰囲気でボルドーの歴史が過去から遡って映し出される。その後、川に浮かぶ船から花火が打ち上げられ、計1時間に及ぶショウを堪能しました。ちなみに今晩の花火は米国製で音楽はハリウッド。最後はもちろんスターウォーズでしゃんしゃんとなった。明日は別の国、明後日はスペイン製らしい。初日でこれだけ気合が入っているのだから日曜日のフィナーレにはさぞかし盛り上がることだろう。
金曜の会議最終日には若干、人が減ったが、最後に皆で主催者に感謝してお開きとなった。一日早く去った人に一言。最後のランチはフォアグラに鉄板焼きのサービスがプラスされた豪華版だった。鴨とイチジクの串焼の美味しかったこと。さすがボルドーである(3回目)。次回の会議は中国の北部に決まった。これまで4回ヨーロッパでやってきて、いきなり中国に飛ぶことになったのにはかなり驚いたが何か特別な理由があるのでしょう(個人的にはいろいろな意味で残念だが)。
ボルドー空港に着いて久しぶりに空腹を感じ、空港3階のとても目立たないところにまともなレストランを見つける。サーモンサラダに鴨とアンズの串焼き。なかなか美味しい。赤ワインも頼むがあまり美味しくない。考えてみれば、今回、少しまともなワインを飲んだのは月曜のChapeau rougeのポムロール(40ユーロぐらい)だけで、残りのワイン(数だけはずいぶん飲んだ)はすべてチープなものだった。まあ、ランチのワインに期待するのは無理だし、ワインフェスティバルのもそれなりのワインだった。一杯ぐらいはいいワインを飲みたかったが仕方ない。お土産に買ったワインに期待しよう。
後日談だが、行く前にボルドーでどのくらいワインを買って帰ろうか悩んだ。最近はネットで安く買えるが、酸化防止剤の話も気になる(その影響はよく知らないが)。結局、手元にあった半ダース入りの箱を大きめのスーツケースに詰めて持っていき、6本を買うことにした。ボルドーの2軒のワインショップで購入したワインを以下に(備忘録)。
SÉGLA 2007 MARGAUX
CONNÉTABLE TALBOT 2009 SAINT-JULIEN
CHÂTEAU GRUAUD LAROSE 2009 SAINT-JULIEN
Château Branaire Ducru 2006 Saint-Julien
BLASON D'ISSAN 2006 MARGAUX
Château Limon Sauternes 2006
値段は日本でネットで買うより1,000-2,000円程安い。日本への送料がこのぐらいだからリーゾナブルな差である。ちなみに20-40ユーロだが、一本だけ90ユーロがある。どれでしょう?グランクリュの高級ワインにはとても手が出ないので、ほとんどはそのセカンドラベルである。つまり、最高級ワインの品質と値段を守るためにちょっと安めに出しているワインだ。お店の人にお勧めを聞くとこれにしなさいと言って出してくれたものである。本当に美味しいかどうかは飲んでみないとわからない。当たり前だが、それがワインである。
今回の会議はいつもの物理物理した会議と違って物質に興味のある人達が集まったのでそれなりに面白かった。フランスにはまだ私の知らない固体化学をやっている人が結構いることが分かったのも収穫だった。高野先生が30年前にこの地で学んだように、今のわれわれにもまだ学ぶことが多く残されているはずである(ワインだけでなく)。では、また。
ボルドーでワインを
2012年7月7日土曜日