国際会議の四方山話
国際会議の四方山話
「海を越えれば上海」(井上陽水)である。昨年まで一度も行ったことのなかった中国に今年はもう2回も来ている。前回の杭州話に引き続き、中国訪問第2弾として短い四方山話を書きます。ただいま2015年9月30日水曜日の朝8時、月曜のお昼に着いて水曜の夕方の便で帰国という短い旅です。
2ヶ月程前に上海の復旦大学のWu Saijun(中国風に姓名で)さんからコロキウムへの招待を受けた。面識のない人だったのでどうしたものかと思いながらも、こういう依頼は引き受けるべきであるとの正論に従った。そう言えば、杭州会議で知り合った若手の中にこの復旦大学の人がいたなと思い出し、Shu Leiさんに聞いてみると彼女ではなく、Chen Gangという人が推薦してくれたらしい。この人もピンとこなかったが、最近やっているパイロクロア酸化物関連の論文に名前があったことを思い出した。彼は今年、カリフォルニアあたりから上海に移ったようだ。まあ、同業者がいるのなら十分行く価値があるだろう(後日談、先日この話を7月にケンブリッジで一緒だったM氏にしたら、「何を言ってるのか、ケンブリッジで会って面白そうな人だと言っていたではないか」と叱られました。健忘症その1)。
復旦大学は中国で五本の指に入る大きな大学らしい。その物理学科のコロキウムは毎週火曜日の午後に行われ、学部生、院生を含めて様々な分野のスタッフが参加する。半分以上は外国から人を招いて行われる。ちなみに9月からセメスターが始まり、初回は韓国から「冷たい原子」の人が呼ばれて私は2番手となる。当初の予定は11月だったがダブルブッキングでこの日程に変更になったため、残念ながらChen Gangさんは留守で会えなくなってしまった。それでも沢山の人と会うことになっており、スケジュールがタイトなのでしんどそうだが、さて何が起こることか。
というわけで、話を月曜日早朝の出発に戻そう。先週末に京都で国際ワークショップがあって、久しぶりの祇園ではしゃぎ過ぎたせいで少々疲れ気味。身軽に行こうと昨晩準備した手提げバックを置いて家を出たが、パスポートがそのバックに入っていたことをふと思い出し、慌てて戻って何とか事なきを得たのでありました(健忘症その2)。疲れていたとはいえ情けない話。
成田空港から3時間半で雨模様の上海空港に着く。台湾に向かっている台風の影響で残念ながら滞在中の3日間とも天気が悪そうだ。空港には2人の学生さんがタクシーで迎えに来てくれる。大変有り難いのだが、市内までの磁気浮上電車に乗り損ねる。結構楽しみにしていたので残念。今回のコロキウムでは一般的に超伝導の話もするつもりなので、上海のと日本のを比べたいと思っている。ちなみに上海のはドイツ製で永久磁石の上に少しだけ浮かぶタイプ、日本のリニアモーターカーは超伝導磁石による磁気誘導で10cmも浮かび上がる。ただし日本のにも乗った事がないのでこっちで乗っても乗り心地の比較はできないけれど。
タクシーで1時間、中心部から北東に位置するキャンパスに到着し、キャンパス内のホテルに。どこかで街を見に行く機会があるかと思っていたが、不幸にも先方が気を利かせてくれたようで、今日の午後から帰るまでびっしりスケジュールが組まれてしまった。今日はChen Yanさんと話をする事になっている。全然知らなかったが、彼は物性研で外国人客員所員をやったことのある理論家で、カイラルスピン液体とか熱く語ってくれました。夜は新疆のイスラム料理を食べに連れて行ってくれる。お前は酒呑だろうというから、なんで知ってるのかと聞いたら、柏キャンパスの寿司屋「はま」で飲んでるのを見たことがあると言われて笑ってしまう。写真のびっくりするほど背が高いグラスで初めて飲む新疆ビールを楽しみ、見たことのない野菜の炒め物に羊、秋刀魚(この通りメニューにあった)のグリルを美味しく頂きました。なぜウイグルに秋刀魚?と疑問に思いながらも。彼、ちょっとシャイでいい人です。
ホテルの9階の部屋から眺めたキャンパス。高層ビルの34階にChen Yanさんの部屋がある。新疆ビールと料理。
Chen Yanさんから学んだこと。彼の発表ファイルを見せられて気付いたのだが、カゴメ格子を中国ではkagome晶格と書く。格子が晶格なのも面白いが、驚くべきは日本語の籠目に対応する中国語の言葉がないことである。なので、籠目を英語にして使っている。もちろん、籠も目も漢字自身はあるはずだが、籠目の組み合わせがない。籠の編み方は中国にも1000年以上前?からあったにもかかわらず。ちなみにkagomeは日本語が英語になった一つの例である。実は沢山の言葉、特に科学用語は日本が西洋から持ち込んで漢字を用いて表し、それを中国は輸入したのである。その例がこんな身近にあるとは気が付かなかった。実に興味深い。
火曜日は朝から、今回のホストで「冷たい原子」をやっているWu Saijunさん、マルチフェロの理論家Xiang Hongjunさんと話す。Xiang Hongjunさんは大変賢そうな人で、私の顔見知りの理論家Mike Whangbooのポスドクをやっていたらしく、何と一緒に書いた論文の共著者であると言われてビックリ。世界は狭い。昼前に世話役の女子学生が呼びに来てくれて巨大なカフェテリアの上の階にある個室に連れて行かれ、そこで学生さん10人と丸テーブルを囲んでランチとなる。他は全員男子学生(特にコメントはない)。これが習慣ということで、コロキウムに呼ばれた教授は他のスタッフ抜きで学生さんと食事をする。実に面白い。他の先生が一緒だと学生さんは聞いているだけになるだろうが、こうなると英語で話さざるを得ない。ちなみに彼らは1,2年の大学院生で、コロキウムの人を選んでランチの参加希望を出すらしい。食事はまともだし、もちろんただ。まず、全員で自己紹介をし、学生生活から将来のこと、日本と中国のことなどを話す。英語の達者な学生もいればそうでない人もいるが、概してみんなシャイだ。一番面白かった質問は、うちの研究室の学生が朝何時から夜何時まで働くのかというもの。昼前には見ない学生もいると言ったら驚いていた。話も盛り上がったが、注文してくれた料理も結構ホットで美味しくて楽しいひと時となりました。午後には1時間のコロキウム講演を行う。学生が50人ぐらいいて7割は寝ずに聞いてくれていたと思う。例の磁気浮上鉄道の話をしたら、日本のは本当に超伝導磁石を使っているのかと驚いて質問した人がいた。何だか日本の技術の自慢をするようで少々気が引けたが、これからの学生さんに知ってもらうことは大切だろう。夜は近くの高級ホテルで美味しい中華料理を頂きました。全般に薄味で、アスパラガスの何とかに蟹味噌の豆腐、焼餃子に、それから楽しみにしていた小籠包も別に注文してもらって大満足。謝謝。夜は嵐となる。
水曜の朝、ホテルを出て車で15分のところにある新キャンパスに赴く。2年後には物理学科を含む自然科学全体がこちらに移るそうだ。まだ建設中の建物も多いが、実に広々として統一感のあるキャンパスに感心する。ここですでに研究を展開しているFeng Donglaiさんは光電子分光の専門家で走査トンネル分光でも成果をあげている元気な人。豊富な装置とマンパワーに感銘を受ける。100気圧のFZ炉(単結晶を作る装置)には驚かされた(日本では法律上無理)。追加で頼まれたセミナーをし、ランチボックスを食べた後、学生さんが順番にやってきて研究成果を説明してくれる。次から次へと。みんな元気で一生懸命やっていることがよく分かる。これぞ今の中国を支えるマンパワーだろう。どんなにいい装置があっても人がいなければ良い成果は出ない。海外で経験を積んだ若い人達が次々と中国に戻り、こうやって大きな研究室を構えていく。これから益々、中国の科学レベルは上がっていくことだろう。私は早く生まれてよかった。日本の若い人達、中国のパワーに負けないように頑張って下さいね。
さて、ただいま帰りの飛行機の中。今回のように大学から呼ばれてそこの人達と話をし友人を作るのは大変いいことだ。国際会議に参加するのとは違うメリットがある。皆さんがあたかも偉い教授が来たかのようにもてなしてくれるのも歯痒いが有難い。今後も呼んでくれるところがあったらホイホイ出かけて行こうと思いますので、皆さん、よろしくお願い申し上げます。
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海を越えれば上海
2015年10月15日木曜日