四方山話
四方山話
久しぶりに四方山話を書く気になった。理由はいろいろあるが、一番は初めての中国だからである。あちこち旅してきたがなぜか中国にはこれまで縁がなかった。昨年末、杭州で開かれる国際会議「International Workshop/School on Heavy Fermions and Quantum Phase Transitions」に招待するというメールを受け取ったが、会議のテーマが私には荷が「重い」こともあり丁重にお断りした。つもりだったが、言い方がまずかったようで、再度、お誘いのメールを頂いてしまった。迷っていたところ、某Y名誉教授に「食はコウシュウにあり」と言われて思わずOKしたのでした。しかし、よくよく考えてみると食があるのは広州で杭州ではなかったけれど。まあ、細かいことは気にせず、初めての中国に期待と不安で小さな胸を膨らませながら、2015年4月14日に成田を旅立ったのでありました。この会議はマックスプランク研究所を引退した後、中国に移ったFrank Steglich教授が中国に重い電子系の物理を広めようと企画したものである。最近の中国の発展によりサイエンス分野でもその躍進には目を見張るものがある。元気な若手研究者に会ったり、招待者の中には知り合いも多いのでなんとか楽しい会議になると嬉しい。
目指す杭州、Hangzhou(ハンジョウ)は上海の南西150kmにある古都である。秦の始皇帝から2200年、呉越国や南宋の首都となり、元代にはかのマルコポールが地上の楽園と称えたらしい。杭州随一の名所の西湖は世界文化遺産でもあり、春秋時代の美女、西施に因んでその名が付けられた。湖には詩人白楽天が政治家として治水のために築いた白堤があり、民話白蛇伝の舞台となり、その西に広がる山では高級緑茶の龍井茶が作られる。会議が行われる浙江大学、Zhejiang Universityの新キャンパスは西湖の北西に位置する。5万人の学生を有する巨大な大学である。そのうち5%が外国人らしい。学生は全員大学内のアパートに住んでおり、その家賃は一月2,500円と安い。広大なキャンパス内は夜でも学生で溢れていて活気がある。招待講演者はキャンパス内の立派なホテルに滞在し、会議場に歩いて通うことになる。
14日の火曜日、この3月に東北大を退職された理論物理の重鎮K教授と東海のH氏とともにANA929便は順調に飛行を続けている。事前の座席指定ではがらがらだった座席は満員、同じ列には中国のおじいさんとおばさん達がわがもの顔に振る舞っている。右から左と頭上を大声が飛び交い、左から送られてきたお菓子を渡す役も。しかし、隣のオヤジ、なかなかいい奴で、テーブルの出し方を教えてやったら、食事の時に乾杯しようとカップを持ち上げてきた。たぶん、皆さん田舎者で初めての日本の桜を楽しんできたのだろう。日本の元気な年寄り達もまあこんなものだから、中国人が!というのは当たらない。成田から3時間半、あっという間に杭州に到着し、中国がお隣さんだということを実感する。
午後2時に到着した杭州空港は快晴、気温もちょうどいい。空気汚染も感じられないよいお天気。ちなみに出発前にチェックしたPM濃度は大阪と同程度だった。主催者が用意してくれた車でホテルまで1時間半、その後、陽気に誘われて、3人でかの西湖を見に出かける。携帯片手のおねえさん運転のタクシーで西湖の北端に辿り着くと、火曜の午後だというのに大勢の人がぞろぞろ歩いていて驚く。杭州は歴史ある観光名所であり、この季節に中国中から観光客が集まってくるらしい。歩く人達が食べている蟹の唐揚げに心惹かれ、湖畔の店で買って3人で2匹を食す。20元なり。美味しかったが、すっかり忘れていた危険事項を思い出し、しまったと思ったけれど後の祭り。でも幸い誰もお腹をこわさなかった。湖畔の広場では、バケツを持った掃除夫のようなおじさんが石畳の上に大きな筆で綿々と漢字を書き続けている。たぶん有名な漢詩なのだろう。使っているのはただの水。内容はよく分からないがとてもクールだ。私のように見入る人がいれば、無神経にその上を歩いて行く人もいる。時間とともに沈む夕陽が西湖に映え、中国を流れる悠久の時を感じさせるに十分であった。
その後、河坊街という古きよき時代を再現した商店街に立ち寄り、恐怖のタクシーでホテルに戻る。実に強烈なタクシーであった。まるで映画のカーチェイスのようにかっ飛び、フルブレーキで前の車に衝突しなかったのは奇跡だった。おまけに後ろの座席のシートベルトは壊れている。前に座ったK教授の味わった恐怖はもっとすごかったろう。ちなみに、ここの交通はなかなかのもので、インドのカオスとも違い、ベトナムの混乱を少し洗練させたようなものだ。歩行者が歩いていようが関係なくわずかな隙間をめがけて車は突っ込んでくるし、歩行者も車がクラクションを鳴らしてもよける気がない。横断歩道を渡るこつは車に命を預けて一定のスピードで歩くことだ。あわてて走っても止まってもいけない。ハノイではバイクが多くてむちゃくちゃだったが、こちらは車がもっと大きく速くて、より身の危険を感じる。案の定、土曜の朝、ホテル前で接触事故を見た。間違いなく日本より事故の確率は高いだろう。でも、もちろんみんなが危険ドライバーではなく、日本スタンダードの人もいる。どこの国にもいろいろな人がいるものである。全く関係ないが、ここではやはりGoogle検索もマップも使えない。
夕食は他の人は済ませてしまったようで、われわれ3人とプラハのCusterさんに彼の5歳の男の子、さらに遅れてきたもう1人の計6人で円卓を囲む。いろいろな皿が出てきて(中身は忘れた)結構だが、明らかに10人前で多すぎた。男の子はとてもキュートで給仕の女の子達に大人気。どこかに連れて行かれて走り回っていた。何だか、ちゃんとしたホテルのメインダイニングに見えるけれど和気あいあいとしていていい感じだ。中国人はアグレッシブで怖いイメージを持っていたけれど、こちらの学生は意外にもキャンパスをのんびり歩いている。後で訪れた市内の旧キャンパスでは、夕食を終えてたくさんの近所の人が家族でそぞろ歩いていた。レストランやカフェでは大家族で長い間トランプをしている人々をよく見かける。車以外の時間はゆっくりと流れているようだ。
水曜の朝、朝食はホテルのバイキングだ。酸っぱいスープに2種のお粥、たくさんの点心、炒め物、なぜか暖かいジュースと豆乳。味付けは控えめでよい。ただし、コーヒーはダメ。大学の副学長の挨拶で会議が始まる。”重い”話と”きわどい”話、なぜか後者の座長をやらされる。毎度のことだが、座長がちんぷんかんぷんでも沢山の質問が出れば何ら問題はない。お昼はホテルに戻ってみんなで円卓を囲み、沢山の料理を楽しむ。アルコール2.5%という軽いビールも少々。午後も会議が続き、夜はキャンパス内の巨大なカフェテリア内の一室で再び円卓を囲む。そこに登場したのがファンさん、ここ浙江大学の教授である。かつて京都にいたことがあり、その時に出会った人。食後にS氏と一緒に西湖に近い旧キャンパスへ連れて行かれる。西湖の夜景を楽しみ、なぜか土左衛門の引き上げ現場に居合わせ、しっかり歩いた後に生演奏がんがんのパブへ行ってドイツビールをごちそうになる。実にいい人で楽しい。お陰でホテルに戻ったのは真夜中となりました。
木曜日、朝からしっかり会議。Zac Fisk大先生の味のある話、M研出身、T研助教を経てMarylandにおられるNさん話、トロントのStephen JulianさんのdHvA効果のイントロは秀逸だった。全く関係ないが、会場のトイレに立つと「向前一小歩、文明一大歩」とある。なるほど。昼食後の時間を利用して、K先生と近所のお店にお茶を買いに行く。若い美術の女先生と叔母さんがやっているお茶屋さん。龍井茶の新茶は、100g、2000円から10000円を超えるものまである。長さ2-3cmの平べったい茶葉を最初のお湯でお茶を洗ってから3度飲む。香りがいい。2000円と4000円のを試飲。何杯も飲むのでゆっくりと時間をかけてお腹がたぽたぽに。会議に戻って午後のコーヒーブレークに行くと、なんと美術の先生がいるではないか。お茶葉とお湯のポットを持ってにこりと笑って立っている。どうも、われわれがお茶を結構沢山買ったのでこれはチャンスと思い、わざわざ会議会場まで商売に来たようだ。商魂のたくましさに呆れる。夜はWetland(湿地帯?)のレストランにてバンケットがあり、K先生とワインで酔っぱらいました。
金曜午後、最後の最後に自分のトークがある。昼のビールを我慢してちゃんとお役目を果たしました。さて、2016年の黄金週間開け、5月9-13日に強相関電子系の国際会議(SCES)がここ浙江大学で開かれる。この四方山話を書いているもう1つの理由はその宣伝を頼まれたこと。日本から大勢の参加者を期待しているようだ。幸い、私のここ杭州に関する印象は悪くない。特に食べ物に関しては。杭州料理、正確には浙江料理は中国八大料理のひとつに数えられる。全般的に辛くもなく薄味だがしっかり味が付いている。実に様々なお皿が出てきてその種類の多さに驚かされる。でも、ホテルで一番美味しかったのは朝のお粥かな。とてもホッとする味だった。後に書くように学生さんに連れて行ってもらった地元のレストランで食したトンポーローに茄子の味噌炒め、卵と白魚の炒め物にジュンサイのスープも美味しかった。たぶん、もっとたくさんの料理があるのだろう。食は杭州にもありそうだ。
土曜日、ほとんどの参加者は今日帰国するが、私はファンさんの研究室にお邪魔する予定でもう1泊する。朝食で香港中国大のSwee Kuan Gohさんと一緒になる。京大のM研にいたことがあるマレーシア人であり、英語で科学教育を受けるためにコストの安いニュージーランドへ渡り、Jeff Tallonさん(昔の知り合い)に学んだらしい。少し前に問題となった香港の学生デモの話をしてくれる。彼は中立であり、研究室には同数の中国人と香港人の学生がいるので一切の政治的話を排除しているとのこと。小声で話す彼の様子を見ていると大変さが伝わってくる。
ファンさんのいる旧キャンパスは街中にあり、新キャンパスとは本郷と柏の関係に近い。しかし、残念ながら2, 3年後には彼らもさらに拡張された新キャンパスに移るそうだ。彼の部屋に貼られていた漢字の周期表、漢字の元素名が面白くて是非欲しい。午後は杜君に周君という学生さん2人にお伴してもらって龍井茶の産地へ赴く。ものすごい数の人が歩いて登っていく山道をわれわれを乗せたタクシーは、対向車とかろうじてすれ違いながらゆっくり進んで行く。とにかく大渋滞。お茶の里で運ちゃんお勧めの、ただでお茶が飲めるというお店に行くと、井戸から水をくみ上げ、手と顔を洗うという儀式の後(少し色が付いていて気持ちだけ)、再び試飲が始まる。やたら値段が高いような気がするし、おまけに強面のおばさんがどうしても買わせようとする。50gで済ませようとすると、150g買えと言っているようだ。一緒の学生さん、根負けして自分で100gを買った。なんか人がいい。さらに私の50gまで払ってくれて土産だと仰る。本当にいい人達です。お茶屋のおばさん以外は。ついでに霊隠寺という巨大なお寺に立ち寄る。本当に大きくて、ここもものすごい人の波。入り口付近には敦煌のように岩肌に彫り込まれた見事な仏像があり、屋内の強大な仏陀とその裏にある素晴らしい彫刻の壁には結構感動した。さらに空海さんが立っていて驚く。中日国交正常化30周年記念に建てられたらしい。空海は9世紀始めに唐に渡った際、杭州のこのお寺に立ち寄った。日本との古い絆である。仏教はまさしく中国から伝来したのである。
夜は旧キャンパス近くのレストランでまたまた中華料理。ラーメンが食べたいと言ったらあれは晩飯ではないと言われて却下された。ちょっと残念。でも、杭州料理で有名なトンポーローに、小エビの唐揚げ、なすの炒め物、タケノコの味噌炒め、ジュンサイのスープ、野菜のラー油漬け、卵と白魚の炒め物、青菜の炒め物、どれも結構美味しい。しかしながら、さすがに毎日の中華料理に飽きてきた。焼き魚定食が恋しい。そう言えば、こちらのレストランでは日本で定番の紹興酒は出てこない。ちなみに紹興はここ杭州の近くにある。軽いビールか、高粱、小麦、コーン、米が原料の強いワイン。なぜ日本では紹興酒なのだろう。夜中にホテルに戻ると外では雷が鳴り出した。こちらに来てからずっとよい天気だったが、そろそろ、天気が変わりつつあるようだ。
日曜の朝、昨夜の雨もあがって快速タクシーで空港に到着。1時間半のはずが1時間で着いてしまった。165元、1,800円ぐらい。帰国便も順調に3時間で成田に戻ってきました。さて、初めての中国を十分楽しんだ。思っていたより大変ではなかったし、それなりに面白かった。会議で出会った中国の若手研究者は皆さん優秀そうでいい人達だった。上海のFudan UniversityのLei ShuさんはμSR屋さんでテニュアトラック中、北京のPeijie Sunさんは富山とどこかにいた日本語堪能な人、同じく北京のJin Guang Chengさんは上床研で高圧をやっていたし、ZhejiangのXin Luさんはイリノイから戻ってきて、今年、テニュアトラックから上がる予定、北京のLi-Ling Sunさんとはどこかの会議で一緒に座長をやったらしい(思い出せないが)。また来年来ることができたら再会が楽しみだ。では、皆さん、来年のSCES、杭州でお会いしましょう。 Z
杭州日記
2015年4月26日日曜日