国際会議の四方山話
国際会議の四方山話
今年初めての国際会議はクロアチアのドブロブニクとなった。2016年6月4日土曜の昼前11時に成田を発ち、ブリュッセル経由で16時間かけて「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロブニクに着く。最近就航したブリュッセル便は空いていて快適(テロのせいではないと思うが)。映画「Queen of The Desert」でニコール・キッドマンが演じる砂漠の女王ガートルード・ベルはかっこよかった。到着間際、出発遅れで乗り継ぎまで時間のなくなったベルリンの女性がお隣に来てちょっとお話。3週間かけて日本のあちこちを周り、最後に高山で飛騨牛を食べ、上高地を見て満喫してきたそうな。長い休暇で羨ましいですねと言うと、日本は遠いんだから当然だって。まあ正論だ。初めてのブリュッセル経由は便利でよかったけれど、やはり長時間のフライト後の乗り継ぎはしんどい。同日夜9時にホテルに到着。まだやっているらしいウエルカムパーティーはパスして、ビールと柿の種で眠る。
今回の会議は「From Solid State to Biophysics VIII」。なんだか訳の分からないタイトルと思われるかもしれないが、ちゃんとした理由がある。1991年にノーベル物理学賞を受賞したピエール-ジル・ド・ジェンヌ(Pierre-Gilles de Gennes)のお弟子さんが始めた会議である。ド・ジェンヌは「単純な系の秩序現象を研究するために開発された手法が、より複雑な物質、特に液晶や高分子の研究にも一般化できることの発見」により高く評価された。超伝導から複雑系に理論を展開したのである。ということで、1/3が固体物性、1/3がバイオテクノロジー、残りが中間領域、というよりは、ある種の共通性を持ったパラレルワールドの話である。2年に一度、同じ場所で開かれていて、もう8回目となるらしい。なぜ私のようなものがこの会議に行くのかと訝られる諸氏には、去年とある会議で出会ったクロアチア出身のNeven Barisičさんが誘ってくれたと言えばご納得頂けるかも(頂けないかも)しれない。ちなみに私にはド・ジェンヌ先生とのかすかな繋がりがある。91年の夏、先生が京大化研の高野研を訪問された時、お目にかかった、というより、見た。その2ヶ月後にノーベル賞を受賞されたのである。もう1つちなみに、87年の夏にはベドノルツとミュラー先生が高野研を訪れてからすぐノーベル賞を貰われた。残念ながら高野研はもうないので、3匹目の泥鰌はいない。
さて、クロアチアはイタリアの長靴に対してアドリア海を挟む海岸線のほとんどを占める。その最南端に位置するドブロブニク(Dubrovnik)は15-16世紀にヴェネツィアと並ぶ海洋貿易都市として栄え、今ではその中世の街並みが世界遺産として大観光地となっている。会議が行われるのは、Hotel Croatiaという巨大なリゾートホテル。空港からすぐのCavtat(シャブタットと読む)という小さな港町にあり、ドブロブニクからは20km程南に位置する。写真のように目の前にアドリア海が広がり、ツバメや海鳥が飛び交う、なかなかいいところである。到着翌日の早朝、探検に出かけたが、屋内外のプールに加えてホテルの裏は岩場のビーチ(といっても水に入るための梯子があるだけ)になっており、遠くにドブロブニクの街が見える。朝食は外のテラスにてシャブタットの港を眺めながら。皿を置いてジュースをとって戻ってくると、ウエイターが何やら仰る。ふと皿を見ると、私のスクランブルエッグが大方無くなっていた。なるほど鳥も朝食らしい。
会議の行われたHotel Croatiaと”Nudist beach”。海の向こうにかすんで見えるのがドブロブニク。
日曜の朝8時半からオープニング。参加人数は60名といったところか。最初の基調講演は2次元電子系とツナミの話である。海底のある一点で起こった地震はやがて同心円状に拡がっていくツナミを生じる。ちなみに津波はTsunamiと英語になっている。しかし、しばらく進むと、方向により波の振幅の強いところと弱いところが交互に現れ、進む程、明瞭な差を生じるらしい。これをブランチングと呼ぶ。一方、2種類の半導体結晶の界面に作られる2次元電子系でも、量子ドットで生成した電子波が同様のブランチング現象を示すそうだ。さてその共通性と原因は?ということになる。答えは弱い乱雑さにある(どうしてそうなるか何となくしか理解できなかったので、興味のある方はご自分で調べて下さい)。ツナミには海底の地形の僅かな起伏が影響し、電子系ではドーパントからくるランダムポテンシャルが波を乱す。まさにド・ジェンヌ先生の会議に相応しいトークで感心しました。次に続いたのはトカゲの動きを真似てロボットを制御する話。脳からの神経を切ってもランニングマシンの上で歩いたり走ったりする猫は気持ち悪かった。動物は単純な電気信号で歩いているそうな。以下、そんな話が続く。
知り合いの顔も見えないので夜は1人でシャブタットの町に出かける。小さな湾だが、外にテーブルを並べたレストランがずらりと並ぶ。その1つに入り、オードブルを頼むと写真のように豪華な盛り合わせが出てきた。生ハム2種類にオリーブとチーズ。チーズはパルミジャーノみたいにもそっとしているが塩辛くない。なんて言うチーズかと聞くと自家製だと仰る。タコと玉ねぎとケッパーのサラダ、貝殻のせも美味しい。ルッコラやその他のハーブもいい感じ。その後に注文したエビのタリアッテーレはイマイチだった(日本とイタリア以外でパスタを頼んではいけない)ので、代わりに別の日に食べたイカスミのリゾットを並べよう。これ、見栄えもいいが、小エビとオリーブ入りで絶品でした。料理の味付けは全体に塩味控えめで日本人にはとてもいい。さすが海とともに生きてきた文化である。ちなみに値段はどちらも80クーナぐらいで1300円。クロアチアの通貨はクーナで、1クーナが17円ぐらいでした。帰る途中、港のお土産屋で買い物をする。イチジクの棒を6本、黒トリュフの瓶詰め、イチジクとオレンジのジャム、魚の置物、オレンジピール、クッキー、300knの赤ワインDingač vinogorje peljesa。夕暮れの港のベンチに座ってのんびり。いい晩でした。
月曜も朝から真面目に会議へ。メンブレンやグラフェンチューブに閉じ込めた水を見る電子顕微鏡の話は面白かった。が、最初のセッションでめげてちょこっと泳ぎに行く。というか、ほとんど泳げないのでアドリア海に浸かりに行く。プールでタオルを借りて、昨日の朝に見た岩場のビーチ、というか隙間に向かうが、途中にNudist beachと書いてあるのに気付く。まさかと思いながら下に降りると、白い”トド”が4匹、岩の上に寝転がっている。ちょっとビビったが、意を決して参加。郷に入っては郷に従えである。青空の下、端っこの誰もいないゴツゴツした岩の上に素っ裸で寝転がって、遠くのドブロブニクを眺めていると、温泉では感じ得ない不思議な開放感が湧き上がってくる。これぞヌーディストビーチか。海はそれほど冷たくなく、日差しはギラギラと強い。溺れない程度に少し泳ぐ。何年ぶりかな。たまに目の前をクロールで颯爽と泳いでいく”トド”おじさんの白いお尻が光って眩しい。帰りにおじさんがニコッと笑ってくれた。もちろん、お互い何も遮るものがない。後で気が付いたのだが、このビーチの隣には普通の人用のビーチがあった。両者には何の境界もないが。ランチに具のせサンドを食べ、午後から物理の話を聞きに行く。ここに誘ってくれたNevenさんの銅酸化物超伝導のディープな話。でも、なかなか興味深い内容だった(興味のある人は個人的に聞いて下さい)。日差しは暖かいが、日陰や部屋の中は寒いくらいで、悩んだ末に持ってきたジャケットが役に立つ。 その他の話も頑張って聞いたが、眠たくなってきた。
火曜の午前中は完全にバイオの話でパス。見事な青空の下、プールのデッキチェアに寝転がり、流れてくる心地よい音楽を聴きながらiPadでお仕事中。とても捗る。昼前に知り合いのHenrik Ronnowと会い、今一緒に書いている論文について相談する。彼は最近、日本によく来ていて共同研究を行っている仲間。今回の会議の2人の知り合いの1人である。今日の午後には楽しみにしているドブロブニクへのエクスカーションがある。シャブタットの港からボートでドブロブニクまで30分。会場でずっとビデオを撮っている若い女の子と一緒になって話をしながらボートに向かう。なんと主催者の娘さんだった。日本から来たというと、いきなり片言の日本語で話始めて驚く。例によってアニメ大好きの子なのです。宮崎駿を知ってるかと聞くと、もちろんだとおっしゃる。じゃ、「紅の豚」は見たかと聞くと名前しか知らないとのこと。この辺りがアニメの舞台だと教えてあげると目をパチクリさせた。深紅の飛行艇がミラノからアドリア海を抜けて戻ってくるシーンに出てくる島々の風景はまさにこのクロアチアの海岸線なのである。ということで、今回の四方山話のタイトルが決まった。
ツアーの最後に写真の石段を登ったところにある聖イグナチオ修道院の中庭でパーティーがある。民族音楽と軽いつまみにワインでくつろぐ。と、Henrikがジョギング姿で現れる。なんと信じられないことにホテルから20kmを3時間かけて走ってきたそうだ。最近、忙しくて運動不足だったからと宣う。パーティーが終わって帰りのバスまで残る時間は1時間。急いでかのワインバーに向かう。クロアチアはローマ時代からワイン造りが盛んで良いワインがあるらしいが飲んだことがない。ネットで調べると、Dingač(ディンガチ)というワインが地ブドウのプラヴァツ・マリ(カリフォルニアのジンファンデルの祖先らしい)を使ったワインとして有名らしい。が、日本にはほとんど出回っていない。さらにこのディンガチにもワイナリーの種類があってなかなかややこしい。こちらのスーパーで800円で売っていたものが日本のネットに4000円で売られていたりする。クロアチアのインターネットサイトで見つけた良さそうなワインがMatuško(マツシュコ?)というものだった。しかし、どのワイン店でも見つけられず困っていたところに、このドブロブニクツアーの最中に偶然前を通りかかったのがMatuško wine barであった。つまり、直営店である。素晴らしくラッキーだ。店は洞窟風で客は誰もおらず、綺麗なおねえさんがmatuško dingač、一杯150ccで60kn(1000円ぐらい)を勧めてくれる。なかなかへヴィーで美味しい。ちなみにグレードの高いreservaは100、その上は180もする。そちらも試したかったけれど、時間切れで断念。是非土産にと思い(もちろん自分用です、YMさん)、ボトルを買いたいというと、300knだけど今は半額セールだと仰る。実に素晴らしい。思わず2本も買ってしまった。すでに2本買ってるので、これで4本になった。これがスーツケースに詰め込むマックスだ。ちなみに免税範囲は3本だが、それを超えた分は税関で1本あたり100円の税金を払えば済むのです(課税のラインの方が空いている場合も多いのでたまにこの手を使う)。バス乗り場まで気分良く歩く。夜の街並みも雰囲気があって素晴らしい。無数の鳥が青黒い空を飛び回り、街灯の影が城壁に怪しい。
水曜日。午後に自分の発表があり、明日の朝6時にホテルを発つ。会議は金曜まであるが、日本に用事があるので。今回は現地4日の短い旅なのです。最後の朝食を食べてからプールサイドで海を見ながら発表練習。昼にHenrikと話をして自分のトークに臨む。出来はまあまあか。疲れ果てて、部屋に戻るなりうとうとして、8時からのバンケットをスキップしてしまう。明日のパッキングをして、バナナとクラッカーで10時には就寝。明日はまた長~い1日になる。
木曜の朝4時に目覚め、6時に出発。相変わらずいい天気だ。ホテルは一泊2万円、まあ仕方ない(もう少し早く英国のEU離脱が決まっていたら安くなったのになあ)。順調にフランクフルト経由で帰りのANA中。一番後ろの2人席に1人でくつろいでます。かなり酔っ払って。明日は金曜の朝6時半に羽田着で、そのまま研究室に行こうと思っているが、どうなることか。一昨日のメールで、うちの研究室から臭い物が漏れたらしく、大事はなかったようだが周りの皆さんに随分と迷惑をかけたようだ。ちなみに案の定、疲労と飲み過ぎでしんどくてそのまま帰宅してバタンキューとなりました。
さて、今回のクロアチアへの出張、短かった割にはいろいろあって楽しみました。では、またの機会に。
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紅のアドリア海
2016年6月25日土曜日